ごえんのお返しでございます【46】

スポンサーリンク
ごえんのお返しでございます

<<<はじめから読む!

<<5話のはじめから

【45】

 身体が重い。高校受験に卒業式、疲労が蓄積した結果か。体がバキバキで、寝返りを打とうとしたら、動けなかった。

 なんで?

 それに、なんだか揺れている気がする。すわ地震かと、僕は一気に覚醒した。

 電気は消えていて、今日は月明かりもほとんどない。起きたばかりの寝ぼけ眼には、自分の上でもぞもぞしている黒い塊が映り込んだ。思わず、「ひっ」と情けなくも悲鳴を上げかけた。

 目が慣れてきて、輪郭がはっきりとしてきてから、僕は声をかけた。

「姉さん?」

 こんなおかしなことをするのが姉以外にもいるとしたら、大変だ。

 予想が当たっていてほしい気持ちが半分、姉だとしたらいったい何をしたくて僕の上にいるのかという気持ちが半分。どちらに転んでも、不可解で不愉快で不気味だ。

 声が出づらいのは、初めての酒のせいだろう。酒焼けの声、とはよく言ったもので、ううん、と一度咳払いをしてから、再び「姉さん」と声をかけた。

 ……獣かと思った。

 ようやく顔を判別できた姉を見た、第一の感想が、それだった。黒い塊が人の、女の姿を取る。歯をむき出しにして笑う、人のかたちをした肉食獣。

 こう言うと、しなやかな身体や挑戦的に光る瞳など、ある種の性的な魅力を感じるかもしれない。女豹、とかいうやつだ。実際の姉とは似ても似つかないイメージだった。

 服の上からは細身に見える肢体は、布を取っ払ってしまえば、引きこもり生活で衰えた筋肉、そのかわりに蓄えた脂肪が、よくわかる。

 姉は、全裸だった。幼い頃に一緒に風呂に入ったりしたことはあるが、彼女が小学校高学年になって以降は、一度たりとも見たことのない裸。

 小さな胸、ぽっこりと膨らんだ柔らかな腹部、そしてその奥には、秘められた場所が続いているのだろう。

 今日が満月じゃなくてよかったと、本気で思った。上半身だけでもグロテスクなのに、下半身まで丸見えになっていたとしたら、僕はおそらく、この場で卒倒していたに違いない。

 気絶したあと、何が起こるか。うっかり想像した。僕の思い過ごしならよかったのに、この状況では、想像がリアルすぎて、冷や汗が流れていく。

「なに、してんの……?」

 声が震えた。答えを得られたところで、納得できないだろう。理解の範疇を超えている。

それでも僕は、問いかけた。これが悪い夢であることを祈って。

「なにって……夜這い?」

 こてん、と首を傾げる仕草は、いったいどこで学んできたのだろう。僕の身体の上に乗り上げ、身体の前に手をついて、ない胸をなんとか寄せ上げている。

性質たちの悪いアダルト動画そのもの。自分の視点はカメラを持った男優と同じなのだということに気づき、吐き気がした。

「中学も卒業したんだしさ、童貞も卒業しちゃおうよ、お姉ちゃんで」

 彼女の手が僕の胸をなぞった瞬間、振り払っていた。

「ふざけんなよ! マジでキモい!」

 強い拒絶を予想していなかったのか、姉は驚いて、「なんで?」と、心底不思議そうな声をあげた。

「なんでって……こんなのありえない。僕は姉さんのこと、家族としてしか好きじゃな。い。エッチなんてできるわけないだろ!?」

「私がこんなに愛してるのに? え? 紡ぐだって、私のこと好きでしょ?」

 黒い星のような目が、僕を射殺す。引力に吸い寄せられそうになるが、僕は決して屈することはない。

 屈したら、姉とそういうことをすることになる。それだけは、絶対に嫌だ。強い意志をもって、僕は姉の劣情をいなす。

「僕と姉さんの好きは違うみたいだね」

 実際、姉の裸を見ても、恐怖で心臓はバクバクしているが、性的興奮とは違う。僕の身体の中心はびっくりするくらい冷めていて、一ミリも反応していない。

「なんで? きょうだいでなんでエッチしちゃだめなの?」

「なんでって……」

 壊れた倫理観に絶句する。一般的な感覚じゃない。常識とずれているから、姉は引きこもることになったのだろう。朧げに原因が見えてくる。

「とにかく、僕が嫌なんだ」

 反応させれば勝ちだと思っているのだろう。姉は僕の急所にまで手をのばしてくる。乱暴に払って、僕は悲しくなる。

「ねぇ。本当に嫌なんだよ。姉さんは、僕が嫌がることを無理矢理するの?」

 姉と近親相姦関係に陥るつもりがまったくないのだと、半泣きになって説得する。

 彼女は駄々をこね、泣いて喚いたけれど、僕は頑として突っぱねた。

 親が起きてきて、異変を察知したらと思うと、気が気じゃなかった。僕がすべて悪いことにされかねなかった。

 最終的には、「そう……それでいいのね?」と、姉は言い、立ち上がった。

 ゆらりとしたシルエット。まるで幽霊みたいに揺れる。彼女は笑う。笑い声はいつしか、泣き声になっていく。

「姉さん?」

 その背にかけた声は、むなしく夜の空気に溶けていった。

【47】

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました