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<12話
連休が明けてすぐ、九鬼からは「泊まりにいってもいいか」というメッセージが来た。
休み中は、一度だって連絡すら寄越さなかったくせに。
あの日一緒に選んだバイブやローターは、すぐにラブホテルにでも行って使ったのだろう。
小柄で童顔なわりに、彼女の胸や尻は大きかった。女に性的興味をもたない千隼ですら、ちょっと目を引かれるアンバランスさ。まるで、九鬼が担当している漫画のヒロインたちのようだった。
あの女と乳繰り合ったあとで、自分ともするのだと思うと、虫唾が走る。比べられれば、見劣りがするに決まっていた。九鬼は普通の男なのだから。
千隼は身震いしながら、返信を打った。
『体調悪い』
九鬼のお株を奪うような端的な文面で断る。
いつも通り既読スルーされるかと思いきや、スマホがすぐに震えた。
見れば、「大丈夫か。何か必要なものがあれば連絡」と、無愛想ながらもこちらを気遣うメッセージが入っている。
だから、そういうところなんだよ。
頬杖をつき、デスクに放置したスマートフォンを指で弾く。
ただのセフレに、本命じゃない男に、そんな風に優しくしないでくれよ。
怒りのまま、仕事に邁進しようとしていた気が削がれた。ほとんど進まなかったけれど、一応保存して閉じる。
もしも今、ここで「寂しい」と、熱に浮かされたフリをして送信すれば、九鬼はきっと、忙しい仕事の合間を縫って、見舞いに来てくれるだろう。彼は言葉だけの男じゃない。
以前、風邪で寝込んだときには、ゼリーやスポーツドリンクを買い込んで来てくれた。うつすから帰れと言う千隼には頑として従わず、看病のためにずっと付き添ってくれた。
弱った心と身体には、その優しさが沁みたものだった。
千隼は作業を再開する気にはなれず、そのまま通話アプリを立ち上げた。アドレスから幹男を選び、コールする。
仕事中なのか、幹男はすぐに応答した。
「今って大丈夫?」
『平気よー。今ちょうど、一本原稿提出したところ』
豪快な性格に見えて、幹男は気配りのできる細やかな性質である。ライターとして、恋愛や人生についてのコラムを雑誌に連載しているため、相談されるのに慣れていた。画面越しの千隼の、常とは違う様子に気がついて、彼は気遣わしげな表情になる。
『どうしたの? 何かあった?』
優しく促されると、千隼はこれまで自分の中にだけ収めていた気持ちを、洗いざらい話してしまう。
先日見てしまった光景と、そのとき自分がどう思ったのか。ありのままに報告する。幹男はふんふんと相づちを打ちつつ、口を挟まずに聞いていた。
「どうしたらいいと思う?」
最後にそう締めると、幹男は「あのねえ」と、手元にあったボールペンを取って、びしりと突きつけてきた。モニターの向こう側なのに、妙な迫力があって、千隼は反射的に身を引いた。
『どうしたらいいって聞いてくる奴、だいたいどうしたいかは決まってる説~』
ペンを回しながら、幹男はテレビ番組のナレーションのように、妙な節をつけて宣言した。
どうしたいか自覚してから、また相談してちょうだい。
そんな風に言い残して、幹男は一方的に通話を切った。
>14話
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