ごえんのお返しでございます【24】

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ごえんのお返しでございます

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【23】

 美空の真意はいったいなんだったのか。答えはすぐにわかった。

 一命をとりとめたものの、美希は目を覚まさなかった。事故のときに頭を強く打ったそうだ。

 脳死、という判定が下された。学校では死亡と伝えられたけれど、濱屋姉妹の母からの連絡によって、僕は詳しい事情を知っている。

 美希は、臓器提供の意志を見せていた。もちろん、こんなに早くに使うはめになるとは、思ってもいなかっただろう。今じゃない遠い未来の話だと思って、チェックを入れていたに違いない。

 家族としては、葛藤もあっただろう。脳死、いわゆる植物状態といっても、奇跡が起こらないとも限らない。わずかな望みに賭けるという選択肢もあった。

 だが、濱屋家にはすでに、長期入院をしている美空がいた。二人分の入院費を支払うのは、保険や補助があったとしても、家計を圧迫することは、想像に難くない。

 苦渋の決断だったのだと思う。僕は黙って母親の話を聞いていた。

『それでね、美空が言うんです。美希ちゃんは前に、もしものときは美空に心臓をあげるって言ってたって。美空の身体の中で生きられるんだって』

 あの美希が、そんなことを言うわけがない。

 彼女は美空のことを、心から嫌っていたのだ。昔は仲がよかった? そうは思えない。小学校の頃の話で、友達を全部奪われたと言っていた。

 臓器移植コーディネーター? っていう職業があるんだったっけ。

 その人に、美空がわーっと泣きながら話した結果、美希の心臓は摘出され、美空の身体に移植されることが決まった。一卵性の双子ということもあり、適合率も高いことから、認められたようだ。

 僕は、事故以来、初めて病院を訪れた。美空の移植手術が成功し、退院をする日だと、母親から連絡を受けたからだ。

 行きたくない、と思った。けれど、ぜひにと誘われてしまえば、彼女と懇意にしていた唯一の人間である僕は、拒絶できなかった。

 病院の玄関をくぐってすぐにロビーへ到着。そこには美空の両親がいて、医師や看護師に頭を下げ、話をしていた。涙が滲む目元を拭いつつも、ふたりは笑顔だった。

 病院には死が満ちている。そして、生も同じくらい満ちている。生命が生まれては消えるエネルギーは、想像できないほど膨大で、この大きな建物は、それを閉じ込めているように感じた。何かのきっかけで、爆発してしまいそうな……。

 僕は彼らに近づいた。美空がいない間に声だけかけて、用事があると言って、帰るつもりでいた。

「あの……」

 遠慮がちに声をかけた僕に、ふたりはパッと笑顔を向けた。娘のうち片方は死に、その命によってもう一方の娘が生かされている、まさしく命の等価交換を目の当たりにしたとは思えないほど、晴れやかな表情だった。

『父親も母親も、美空のことばっかり!』

 僕にぶつけた美希の感情が、いまさらながらに心に突き刺さって、ジクジクと痛む。彼女の思い込みなんかじゃない。気を引こうという嘘でもない。

 本当に、美希は家の中で、疎外感に苦しんでいたのだ。

 僕は美空に夢中で、彼女の苦しみに気づくことができなかった。気づいたからといって、何ができたわけでもないけれど。

「ああ、切原くん。美空のためにありがとう」

「いえ……あの、これ、退院祝いに」

 小さな花束を差し出した。最後まで迷ったけれど、一応。

 花束には、赤いリボンを結んでもらった。糸子の店で購入したものだった。長い髪を彩るために準備をしていた。無駄にするのも嫌だし、家に置いたままにしておくのは、もっと嫌だった。

「あらぁ。美空に直接渡してあげてちょうだい。ほら、美空!」

 病院の中とは思えないくらいの大声で、母親は生き残った娘を呼んだ。

 医者と話をしていた少女が、振り返った。

 あっ、と口を開けてしまった。長かった髪の毛が、ばっさりと切られている。結べないことはないが、リボンを巻きつけるには足りないのは、僕にもわかった。

 美空は嬉しそうに近寄ってきて、僕の手にある花束と、僕の顔とを交互に見やった。そして手を差し出すので、僕は無意識に、花を渡した。

「ありがとう、紡くん」

 花束に結ばれた赤いリボンを、彼女はくるくると指で弄んだ。無言でいる僕とは対照的に、美空はよく喋る。

「本当に、紡くんには感謝しているの。退屈な入院生活を紛らわせることができたし、勉強だって、ちょっとはできるようになったかな。でもね、一番ありがたく思ってるのは……」

 無垢な少女の顔から、一変する。落差に、僕はクラクラとめまいがした。

 だって、今目の前にいる美空の顔は、僕が知るものとはまるで違う。

 美空のことを「最低最悪」と罵った美希の顔と同じ、いや、それよりも艶やかに美しく笑っているから、性質が悪い。カラフルな花が、彼女の指に愛でられるにつれて、色あせていくような気がした。

 美空はポケットから五円玉を取り出した。赤い糸が結んである。

「赤い糸で、私と美希を結んでくれたこと」

 にぃ、と唇を三日月形に曲げる。悪い笑みなのに、そんな表情すら、両親には娘の可愛い姿にしか見えないのだろう。うんうん、と頷いている。

 ああ、美希が臓器提供を希望していたのも、美空のためにと、両親が強要した結果だったのかもしれない。

 赤い花がよく似合う美希は、スペア。

 そう気づいた瞬間、吐き気がこみあげてくる。

 美空は、僕に五円玉を押しつけた。たったの数グラムなのに、ずっしりと重い。

 彼女は僕を残して、両親とともに、病院から出て行った。最後に振り返りすらしない。

 美空は僕のことを、どう思っていたのか。

 好きな人はおろか、大切な友人ですらなく、ただ、利用できる存在だったのだろう。

 赤い糸の勝利は、果たして本当に、最良だったのか。

 返却された五円玉は、僕の過ちの証だった。

【25】

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