偽りの魔法は愛にとける(19)

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18話

 結局それから、二回した。三十八歳の肉体では、それが限界だった。最後の方はもう、喘ぐことすらできずにいた気がする。

 気絶するように眠り、起きたのは夜も更けた頃で、頭がはっきりと目覚めるよりも、腹の方が起床が早かった。

 海老沢が難儀しながら体を起こすと、優はいなかった。代わりにキッチンからは美味しそうな匂いがしている。

 そろりと床に足を滑らせ、勇気を出して一歩進んだところで、力が入らずに転んだ。

「嘘……」

 さすがにセックスでこんな風になったのは初めてだった。呆然とする海老沢に、物音を聞きつけて優が慌ててやってくる。

「エビさん、どうし……ああ」

 事態を正しく把握した彼は、海老沢の身体をひょい、と抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。女の子はテンションが上がるだろうが、おじさんとしてはただひたすら恥ずかしい。

 そのままベッドに戻されて、海老沢は優の唇を額に受ける。

「ご飯はベッドに運ぶから、ここでおとなしく待ってて」

「ん」

 悔しいけれど、従うほかない。ああ、明日出勤できなかったらどうしよう……いや、今日は会社で倒れたばかりなんだから、欠勤でも大丈夫か? うーん、でも欠勤理由:セックスって、申告するわけじゃないにしても、情けないものがある……。

 ごちゃごちゃ考えていた海老沢だったが、夕飯が運ばれてきたので、考えるのをやめた。明日の朝になっても動けなかったときに、また考えればいい。

 思えば今日は、忙しい一日だった。何よりも驚いたのは、優が弟と偽って職場に現れたことだ……。

「あ」

「え? どうしたの? 嫌いなものでも入ってた?」

 食事の最中だったので、優が勘違いをしてしまった。

「違う。ご飯はとっても美味しい。美味しいけど、聞かせてもらってない」

「何を?」

「どうして僕の働いている会社がわかったのかっていう理由」

 優は「なんだ、そんなことか」と笑うが、こちらとしては心底驚いたので、笑い事ではない。

「エビさん、『ステラ』に来たときにね、何回か、ネームホルダー下げたまま来てたんだよ。あとはわかるよね?」

「ネームホルダー?」

 部署と役職と名前は入っているけれど、会社名までわかるようなことは書いていなかったはず。

 海老沢は優に頼んで、ネームホルダーを取ってもらった。そういえば、ここに帰ってくるときも、首から下げたままだった。

「あ!」

 会社から支給されている物なので、ネックストラップが会社名とロゴで飾られていることに、海老沢は気がついた。

「知らなかったの? 自分の持ち物なのに」

「うー……」

 本当にエビさんは、ドジだね。

 しみじみと言われて、海老沢は拗ねた。ふん、と顔を背ける。

「でも、そういうエビさんだから、俺は好きなんだよ。放っておけないし、俺がついててあげたくなる」

 ほら、と顔をつんつんと指でつつかれると、子供っぽい抵抗は続かない。せいぜいしかめっ面を作って優を振り向くが、彼の笑みは甘く、愛に溢れている。

 魔法……催眠術が解けても、彼の愛情は確かなものだ。いや、二十歳になったと信じ込んでいたときよりも、さらに強くなっている。自分が優を想う気持ちもまた、より一層深い。

 優と一緒にいる毎日は、きっと甘美で、魔法のように素晴らしいものだろう。

 頬をくすぐられ、髪を撫でられる。

「愛してるよ、優くん」

 ストレートな言葉に、彼は存外弱い。ぴたりと動きを止めて、赤くなった彼を、今度は海老沢がからかう番だった。

(終わり)

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