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<18話
結局それから、二回した。三十八歳の肉体では、それが限界だった。最後の方はもう、喘ぐことすらできずにいた気がする。
気絶するように眠り、起きたのは夜も更けた頃で、頭がはっきりと目覚めるよりも、腹の方が起床が早かった。
海老沢が難儀しながら体を起こすと、優はいなかった。代わりにキッチンからは美味しそうな匂いがしている。
そろりと床に足を滑らせ、勇気を出して一歩進んだところで、力が入らずに転んだ。
「嘘……」
さすがにセックスでこんな風になったのは初めてだった。呆然とする海老沢に、物音を聞きつけて優が慌ててやってくる。
「エビさん、どうし……ああ」
事態を正しく把握した彼は、海老沢の身体をひょい、と抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。女の子はテンションが上がるだろうが、おじさんとしてはただひたすら恥ずかしい。
そのままベッドに戻されて、海老沢は優の唇を額に受ける。
「ご飯はベッドに運ぶから、ここでおとなしく待ってて」
「ん」
悔しいけれど、従うほかない。ああ、明日出勤できなかったらどうしよう……いや、今日は会社で倒れたばかりなんだから、欠勤でも大丈夫か? うーん、でも欠勤理由:セックスって、申告するわけじゃないにしても、情けないものがある……。
ごちゃごちゃ考えていた海老沢だったが、夕飯が運ばれてきたので、考えるのをやめた。明日の朝になっても動けなかったときに、また考えればいい。
思えば今日は、忙しい一日だった。何よりも驚いたのは、優が弟と偽って職場に現れたことだ……。
「あ」
「え? どうしたの? 嫌いなものでも入ってた?」
食事の最中だったので、優が勘違いをしてしまった。
「違う。ご飯はとっても美味しい。美味しいけど、聞かせてもらってない」
「何を?」
「どうして僕の働いている会社がわかったのかっていう理由」
優は「なんだ、そんなことか」と笑うが、こちらとしては心底驚いたので、笑い事ではない。
「エビさん、『ステラ』に来たときにね、何回か、ネームホルダー下げたまま来てたんだよ。あとはわかるよね?」
「ネームホルダー?」
部署と役職と名前は入っているけれど、会社名までわかるようなことは書いていなかったはず。
海老沢は優に頼んで、ネームホルダーを取ってもらった。そういえば、ここに帰ってくるときも、首から下げたままだった。
「あ!」
会社から支給されている物なので、ネックストラップが会社名とロゴで飾られていることに、海老沢は気がついた。
「知らなかったの? 自分の持ち物なのに」
「うー……」
本当にエビさんは、ドジだね。
しみじみと言われて、海老沢は拗ねた。ふん、と顔を背ける。
「でも、そういうエビさんだから、俺は好きなんだよ。放っておけないし、俺がついててあげたくなる」
ほら、と顔をつんつんと指でつつかれると、子供っぽい抵抗は続かない。せいぜいしかめっ面を作って優を振り向くが、彼の笑みは甘く、愛に溢れている。
魔法……催眠術が解けても、彼の愛情は確かなものだ。いや、二十歳になったと信じ込んでいたときよりも、さらに強くなっている。自分が優を想う気持ちもまた、より一層深い。
優と一緒にいる毎日は、きっと甘美で、魔法のように素晴らしいものだろう。
頬をくすぐられ、髪を撫でられる。
「愛してるよ、優くん」
ストレートな言葉に、彼は存外弱い。ぴたりと動きを止めて、赤くなった彼を、今度は海老沢がからかう番だった。
(終わり)
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