<<はじめから読む!
<103話
「瑞樹さんと、恵美に聞きましたの?」
この期に及んでも、気取ったテンプレお嬢様口調を崩さない呉井さんに、少しだけ腹が立つ。半分はね、と俺は言った。最初に気がつくきっかけをくれたのは、その二人ではなくて山本だというと、目を丸くしていた。
「そう、山本くんが……」
「ねぇ、呉井さん。なんで君は、そんなに死にたいの?」
俺は「死ぬ」という言葉をわざと強調する。
「別に、死にたいわけでは……」
らしくなく、口の中でもごもごと言い訳をする。
「わたくしはただ、異世界へ転生したいだけで……」
彼女は自分の死を「異世界転生」という言葉で飾り、別の物だと思い込もうとしているようだが、「死」が意味するのは、それ以上でも以下でもない。一切の生命活動を停止すること。生きているものにはすべて平等に与えられた機会。それが死だ。
「トラックに突っ込めば、痛いよ。即死できれば一瞬かもしれない。でも、すぐに死ねなかったら? 腕や足がちぎれた状態で何分も生き続けるとしたら?」
日向瑠奈の事故を扱った記事には、「即死」と書かれていた。呉井さんも、痛みを感じる間もなく死ねると過信していたのだろう。俺が語るグロテスクな事故後の様子を想像して、青ざめる。でもまだ足りない。
「それに、トラックの運転手のことは考えてる? 何の関係もない呉井さんを轢き殺したことで、人生が変わっちゃうんだよ。下手すれば犯罪者にされてしまうかもしれない。少なくとも、今後トラック運転手は続けられないね。どうやって生活するんだろうね、家族は」
トラックだろうが電車だろうが、ビルの屋上から飛び降りようが、自殺なんてのは「エゴ」に過ぎない。一番身近な他人――家族のことすら考えられない、思いやりの心を忘れた人間だけが、実行できるのだ。
呉井さんは、「友達」という言葉に反応した。他人に対する温かい心を失っていない証拠だ。それを楯に、俺は彼女をこちら側に留めてみせる。
「呉井さんが自殺したら、修学旅行どころじゃなくなってしまう。柏木、あんなに楽しみにしてたのにな」
「柏木、さん……」
俺が絶対にしないように決めたのは、日向瑠奈を罵倒することだった。心の奥底では、ぶん殴ってやりたいくらい憎い女だ。その気持ちをおくびにも出さない。自分の心のよりどころである瑠奈のことを悪く言われれば、呉井さんは逆ギレする恐れがある。衝動的に自殺を図ってもおかしくない。何も考えずに口で攻撃を仕掛けているようで、その実俺は、頭をフル回転させているのだ。
「でも、瑠奈ちゃんが……」
「瑠奈ちゃんが、どうしたの?」
できる限り優しい声で語りかける。間違っちゃいけない。慎重な受け答えが求められる場面だ。
「瑠奈ちゃんは、あっちの世界でひとりで寂しいって。待ってるよ、って、そう言ってたもの」
馬鹿丁寧な口調が崩れると、呉井さんは幼い物言いになる。
ひとりで寂しいと死後の孤独を訴えるくらいなら、どうして自殺なんてしたんだよ。
そう言ってやりたい気持ちはあるが、絶対に否定をしてはならない。少なくとも、呉井さんが冷静な思考を取り戻すまでは。
「私、瑠奈ちゃんと約束したもん」
どんな姿になっていても、瑠奈ちゃんのことを見つける。そしてずっと傍にいるのだ、と。
>105話
コメント