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<104話
「瑠奈ちゃんには、私しかいないの。明日川くんには、私以外にも友達がいるでしょう? 山本くんも、柏木さんもいる。瑠奈ちゃんには、私だけなの」
それも洗脳のひとつの手段だったのだろう。お互いにお互いを、唯一の人だと思い込ませて、「この人には自分がいなければだめだ」と信じさせ、コントロール下に置く。山本も言っていたが、本当にDV彼氏の手法と同じなのだ。胸糞悪い。
誰も私のことなんて、見てくれなかった。
呉井さんは、恨み言を言う。心の底から、辛く悲しかったのだと訴えかける。
「瑠奈ちゃん以外は!」
家が傾きかけていたとき、呉井家の両親は、会社の立て直しに奔走していた。小学校の高学年から中学生にかけての最も多感な時期に、彼らは娘から目を離してしまった。その隙に、悪魔は呪いを完成させてしまった。
「俺は日向瑠奈には、敵わないかもしれない。でも、俺だって、呉井さんの本当の姿を少しは知ってるよ」
一歩近づく。呉井さんは反射的に逃げるけれど、手錠で繋がっているために、逃げ切れℋしない。
「実は不器用なところ。怒ると少し怖いところ。頭がいいはずなのに、妙に物知らずだったり、発想が突飛だったりすることもあるよね。それからとても、負けず嫌いだ。学校ではそんな素振り、見せないけど」
指折り数えていくと、呉井さんの瞳が揺れる。そんなことない、と彼女は言うことができない。昼間、ゲームセンターであれだけ、自分が勝てるまで連戦をねだったのだから。
「それから」
俺は言葉をわざと区切る。これから決定的な一言を、呉井さんに言って聞かせる。
「本当は、死ぬのが怖いって思ってること」
ハッと顔を上げる。月光に照らされた彼女の頬は、青白い。繋がった手の細かい震えが、鎖を伝わって俺にまではっきりとわかる。
「怖くなんか……」
「異世界転生なんて、できっこないことを知っている」
「違う!」
大きな声で否定をするが、彼女の瞳は雄弁だ。何を考えているのかわからない。そう思っていた頃が、自分にもあった。呉井さんの心には、鍵がかかっている。瑠奈への妄信という蓋がぐらついている今、彼女は剥き出しの感情をぶつけてくる。
「転生は、できるの! 瑠奈ちゃんはどこか遠い、私たちの知らない国にいるだけ! 私もそこに行くの! 約束したから!」
「じゃあ、俺のことも連れて行けよ!」
俺は呉井さんに被せるために、怒鳴り声を上げた。彼女の傍にいる男は、比較的穏やかな人間ばかりだ。本気の怒鳴り声なんて、初めて聞いたのかもしれない。あるいは、家庭が荒れていたときの、父親の声を思い出したのか。
とにかく、呉井さんはびくりと肩を跳ね上げて、動きを止めた。出来る限り丁寧に接してきた俺の突然の叛旗に怯えている。
>106話
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