恋愛詐欺師は愛を知らない(7)

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服 BL

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6話

「なんでこんなこと……」

 遼佑の呟きは独り言めいていた。薫は、彼の拘束を解くべく、粘着テープをはがしながら、詳しいことを語った。

 本物の静は、初対面の合コンのときだけだったこと。その後の電話からは、ずっと薫が相手をしていたこと。詐欺師のような真似をしている遼佑に、静が激怒したためにこんなことになったということ。

「本当は、ぼろぼろになるまで犯せって言われたんだけどね」

 冗談を言うような軽い気持ちで言った一言に、遼佑は怯えた。肩を一瞬で跳ね上げて、眉毛は情けなくも、八の字になっている。

「しないよ。レイプなんて。趣味じゃないしさ」

 叱られた犬みたいな様子に、薫は思わず遼佑の頭を撫でていた。

「触るな」

 三歳も年下の男に子供扱いされ、遼佑は、ようやく自由になった腕で、薫の手を振り払った。その手首と足首は、テープのせいで皮膚が赤くなっている。しばらくは痛痒いだろう。

「復讐できて、満足か?」

 遼佑は低く唸った。

「まんぞく」

 薫は首を傾げた。薫自身は、遼佑に何もされていない。罰を与えることを命じた静だって、しつこく言い寄られたくらいだ。

 実害を被った女たちにとって、遼佑に貢いだ金額は、はした金に過ぎない。いい思いをさせてくれたお礼だ、と割り切っていて、訴えようという女はいない。

 要するに復讐は、静の自己満足に過ぎない。被害者など本当は誰もいないのだ。

 そう考えると、途端に薫の内に罪悪感が芽生えていく。だが、薫は咄嗟に沈黙してしまった。遼佑の鋭い目つきが、謝罪したとしても決して許さない、と告げていた。

 遼佑は溜息をついた。散らばった自分の服を拾い集めると、さっさと身に着けて、出ていこうとする。

 すでに時間は十一時半を回っている。日曜とはいえ終電はまだあるが、遼佑が家まで帰りつくためには急がなくてはならない。

「ちょっと待って」

 袖を引っ張って、薫は遼佑を引き留めた。彼は無表情という表情を作って、薫を振り返った。きれいな顔は怒ると迫力がある。遼佑がそうだし、静もそうだ。

 これっきりにしたくない。その思いが、薫を行動させていた。出ていこうとする遼佑に縋りついて、でも、結局どうすればいいのかわからなかった。

「……なんの話もないなら、もう帰る」

 慌てて薫は、口を開いた。

「その……もう、金持ちの女を騙したりしないよな?」

 遼佑は眉を跳ね上げた。肯定も否定もしなかったが、薫が暗に、「次やったらこの写真を流出させる」とスマートフォンを振ると、押し黙って、頷いた。

「じゃ、これは消す」

 薫はスマートフォンを操作して、写真を全て削除した。遼佑は目を丸くして、呆気に取られている。

 よく考えれば、静は潔癖症気味なところがあり、男の裸の写真など見たくもないだろう。それに彼女は、「男のプライドをずたぼろにしろ」とは言ったが、「裸にひん剥いてこい」とは言わなかった。

 自分が付き合っていたのが男だったというショックを与えるところまでは、姉の発案だが、全裸写真を撮影したのは薫の判断だった。報告しなければ、わからない。

「その代わり、また会ってほしいんだ」

「は……え……?」

 訳がわからない、と間抜けな顔を晒す遼佑に、薫は笑みを隠しきれない。遼佑の魅力のひとつは、こうやってくるくると変わる表情なのだ。

 薫は、いかに姉が恐ろしいかを説いた。だから自分は逆らえなかったのだ、と自己弁護した。

「姉ちゃんの命令とかそういうの関係なしに、途中から俺、遼佑とのデートが楽しみだった。遼佑は? どう? 楽しくなかった?」

「俺、は……」

 上目遣いで遼佑の顔を覗き込むと、彼は下を向いて黙ってしまった。沈黙は肯定と取って、薫は畳みかける。

「キスとかなくてもいいし、何なら俺、女装したままでもいいよ」

 ゲイでもバイでもない男を、一から落とすのは面倒だし、やったことがない。その後の展開は別に今はどうでもいい薫としては、遼佑が会ってくれるのなら、なんでもよかった。嫌々だった女装も、自分からすすんでしようではないか。

 少なくとも遼佑は、薫の完璧な女装姿は気に入ってくれていると、思う。

「お前……それでいいのか?」

 遼佑の戸惑いに満ちた問いかけに、薫は大きく頷いた。

「俺は、遼佑のきれいな顔が、くるくる変わるのを見てるのが好きなんだ。ものすごいタイプなんだよね、遼佑の顔」

 薫にとっては、気楽な褒め言葉だった。遼佑は自分の顔が武器のひとつだと、自覚しているだろうから、褒められて嫌な気はしないはずだ。

 だが、薫が頬に感じたのは、鋭い痛みだった。何が起きたのかわからずに、じんじんと痺れた頬に触れ、殴られたことを知る。

 なんで。どうして。何が地雷だったんだ。

 呆気に取られている薫に向けられたのは、遼佑の強い言葉だった。

「お前なんか、大嫌いだ!」

 そう捨て台詞を残して、遼佑は走り去った。彼の目から一筋の涙が流れていたことを、薫は見逃さなかった。けれど、どうすることもできずに、見送ってしまった。

8話

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