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<16話
やるべきだと思ったことをやる。そう決めた露子の行動は早かった。すっくと立ちあがり、自室を出ていく。
「露子様!?」
雨子の悲鳴を背中に聞いて、ずかずかと淑女らしからぬ足取りで渡殿を歩いていき、辿りついたのは、俊尚がいるはずの寝殿(しんでん)、主人の部屋だった。露子は格子を開けて、俊尚の前に姿を現す。
夫は一人だった。突然の妻の来訪に驚く様子はない。常に一緒にいるはずの烏の姿は、彼の隣になかった。
露子はさっと座り、頭を深々と下げた。
「突然、申し訳ございません」
それから顔を上げると、背筋をしゃん、と伸ばして俊尚を見つめる。感情の籠らない、死人のような目に若干の恐怖を感じつつも、露子は話を始める。
「俊尚様。どうして帝の元へといらっしゃらないんですか」
俊尚は、やはり何も言わなかった。ただじっと露子を見ているだけ……いや、見てすらいないのかもしれない。視界に入っているだけ。そうする必要もないから、視線を外さないだけなのかもしれない。
やがて俊尚は立ち上がり、部屋の奥へと消えていった。入れ違いに烏がどたばたと走ってきて、「奥方様! 俊尚様にもお考えがあると、申し上げましたよね!?」と、強く言った。
いつだって親切で他愛のない話に付き合ってくれる烏の剣幕さに露子は怖気づいてしまう。
「でも!」
「いいですか? あなたが何を仰ろうとも、俊尚様のご意志に変わりはございません!」
露子の意見を聞き入れることもなく、忠実な従者は部屋から出て行った。一人ぽつんと残された露子は、わなわなと震えた。
本当にどうしようもない連中だ! 理由があるというのなら、その事情を簡単にでも話してくれれば、納得して引き下がるというのに、いつまで経ってもだんまりを貫いているから、露子は許せない。
行きよりもどすどすと音を立てて戻ってきて、雨子に「紙! それから墨と筆も!」と命じて、露子は腰を下ろす。
「お文ですか? どなたに?」
露子はにやりと笑った。
自分には力なんてない。けれど多少の伝手はある。文面を考えつつ、露子は筆を滑らせた。
>18話
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