恋愛詐欺師は愛を知らない(1)

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服 恋愛詐欺師は愛を知らない

 恋人たちがロマンティックな時間を過ごす、夜の十時。窓からは、横浜・みなとみらい地区の夜景が美しく見えるのだが、部屋の主たちには関係がなかった。

 とはいえ、お互いにお互いしか見えない、などという甘い理由ではない。一人はベッドの上に転がされて、呻き声をあげている。

「はずせ!」

 全裸に剥いた上で、十センチの身長差をゼロにするために、かおるは男の手足を拘束した。右手は右足と、左手は左足と、粘着テープで固定する。

 そうすると、彼はベッドの上で足を広げたまま、恥ずかしい格好を晒さなければならない。

 美味しそうだな、と薫は思ったが、慌てて首を横に振って打ち消した。縛り上げていて説得力はないが、そもそもレイプするために彼を騙し、ベッドに押し倒したわけではない。  

 嫌がる相手をレイプして楽しむような趣味は、薫にはない。それから女装したままセックスを楽しむような嗜好も、持ち合わせていない。年の割には経験豊富な薫だったが、それでもまだ、アブノーマルな世界に足を踏み入れる度胸はなかった。

 女装も緊縛も、自分の意志ではないので、とっとと任務を終わらせるに限る。

 薫はスマートフォンを取り出した。男はそれだけで、何をされるのか理解して身体を捩り、できる限りの抵抗を試みた。

 うつ伏せになって前を隠そうとするが、そうはさせない。薫は男の太腿に手をかけ、体重を乗せた。薫は彼の抵抗をすべて封じて、カメラを向けた。

「や、やめ……!」

 男の顔立ちは、際立って整っていた。それだけでなく、薫の好みに合致した。精悍なドーベルマン……のように見えるけれど、血統書は、ない。育ちがよいとはとても思えない罵詈雑言が飛び出すのを、薫は聞き流した。

 誰よりも、男らしさを売りにしているはずの彼の、情けない姿は滑稽だ。無意味に連写モードにしてパシャシャシャシャ、と音を立てる。ムービーも考えたが、容量を食うのでやめた。

 ひとしきり撮影して満足すると、薫はスマートフォンを確認した。しっかりと男の羞恥と怒りに染まった顔がわかる。

 唇を噛みしめた男は、「どうして俺がこんな目に……」と、呻いた。すべては彼の自業自得であるにも関わらず、まったくもって、心当たりがないのだろう。なんて気楽な奴だ。

 こちらは男の悪行三昧のせいで、望まぬ女装を強いられているというのに。少しの怒りをもって、薫は唇を舐めた。

 その仕草が、男には肉食獣の舌なめずりに見えるであろうことは、わかっていた。手足が自由だったのならば、彼は後ずさっていただろう。

「本当にわからないの? 恋愛詐欺師さん?」

 男は目を見開いて、固まった。「恋愛詐欺師」という呼称自体は、彼自身は用いていない。だが、その響きは、身に覚えがある様子だ。

「……乱暴、するのか?」

 己の所業に対する罰として、それが妥当だとでも思ったのだろうか。男はひっそりと、息を吐くように、尋ねた。

 レイプするのか、という男の問いに対して、薫は意識的に、可愛らしく小首を傾げた。答えは無論、「NО」だが、彼には怖がって、焦ってもらわなければ意味がない。

「セックス、したいの?」 

 質問に質問で返す。男はぶんぶんと首を横に振った。

「ここに来たときは、する気満々だったのに?」

 薫が、「親の会社が初めてホテルをオープンさせる。二十代から三十代の若者が、誕生日やクリスマスなど、記念日に利用できるようなホテルを目指している。あなたの意見を聞いて、ぜひとも生かしたい」と、お堅い理由をつけて誘ったときに、男はすぐに頷いた。

 遠回しに何度か、ホテルへと誘われたことはある。けれど薫は、「まだ早い」と言葉にせずとも、はぐらかしていた。

 そうやって焦らされた男は、薫から誘われて、鼻を膨らませた。興奮を抑えきれていなかった。

 足を踏み入れたセミスイートルームは、本当にカップルだったならば、薫が女だったならば、「ステキ」と目を輝かせていただろう。

 悪趣味にならない程度にゴージャスに飾られた部屋と、心づくしのアメニティグッズ。肌ざわりのよさにこだわった、リネン。併設のショップで購入できるようになっており、ここから本来の主軸である百貨店にも足を運んでもらおう、という狙いだ。しかし、薫も男も、そんなものは目に入らなかった。

 この部屋には、相手を騙そうとしている、狐が二匹いるに過ぎない。

 男は偽りの愛を囁き、薫は性別から何から何まで、ひとつも真実を語っていなかった。

 一仕事終えた薫は、にっこり笑顔を男に近づけた。すると彼は、目に見えてうろたえる。

 男は薫の、少女めいた美貌が大好きなのだ。

 アーモンド形の目をきらめかせて、薫は咳払いした。あー、あー、と喉の調子を整えて、まったく異なる声を出す。

 青年への過渡期にある伸びやかな声から、甘くさえずるソプラノボイスへ。

「ねぇ、遼佑りょうすけさん。遼佑さんは、私のことが、好きでしょう?」

 自惚れではない。確かに遼佑は、薫のことが好きだった。それが偽りの姿だったとしても、これまでずっと彼と付き合ってきたのは、薫だ。

「し、しず……か」

 遼佑は、違う名前を呼んだ。罠に掛けたのは自分なのに、薫はそれが許せなかった。違う、そうじゃない。今、お前を見つめているのは、ずっとお前を見つめてきたのは、俺だ。しずかなどではない。

 不愉快さを隠さずに、薫は男の声に戻し、遼佑の頬に触れた。

「残念。さっき言っただろ? 俺の名前は、薫だって。名前くらいちゃんと、覚えて」

「かお、る……」

 ふっくらと美味しそうな唇が、薫の名前を呼んだ瞬間に、背中がぞくぞくした。キスがしたい。それくらいなら、いいだろう。今まで何度でもしたのだから。欲望のままに、薫は遼佑に顔を近づける。

 薫の意図を正しく理解した遼佑は、無理矢理首を捩じって、唇から逃れようとした。

 普段の力比べならば遼佑の圧勝だろうが、文字通り手も足も出せない状態の彼に、いったい何ができるだろう。薫は自分の欲求を遂げた。

 薫の唇に残っていたグロスが、キスのせいで、遼佑の唇へと移った。はっきりした二重に、ぷっくりした涙袋。パーツだけ見れば、女が羨ましがるものだ。しかし、彼の顔立ちは女性的どころか、中性的ですらない。

 男でしかない彼の厚い唇に、ラメが乗っているのはアンバランスだった。

>>2話

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