恋愛詐欺師は愛を知らない(18)

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17話

 八月十八日、午後五時四十五分。もうすでに劇場には、客が入っている。あと十五分で、初舞台の幕が開く。

 舞台袖で深呼吸をしていた薫は、突如後ろから肩を叩かれて、びくっと跳ねた。振り返ると、仁が笑っていた。

「ずいぶんと緊張してるな」

「あ、当たり前でしょう! 初めての舞台なんだから……」

 ステージに立つのは実のところ、小学校の学芸会以来だったし、カンパ制とはいえ、金を取る舞台は初めてだ。金を払うに値しない役者だと思われたら、仁の評価まで下がってしまう。

 遼佑が来てくれているかどうかも、懸念材料の一つだった。座席は自由席で、彼がどこに座っているかの見当がつかない。舞台上から見つけることは、不可能だろう。

 緊張で震えが止まらない薫の手を、仁は握った。

「緊張は、椿山薫のもんだろ。お前は今から、まったく別の人間として生きるんだから、薫の感情は、関係ない」

 ゆったりとした優しい声は、稽古のときの厳しさの欠片もない。大きな掌が薫の頭を、ウィッグがずれないように優しく撫でる。そうされると、薫は暗示にかかったように、うるさかった心臓の音が、穏やかになっていくのを感じた。

「……はい」

 薫は、自信に満ちた笑みを仁に向けた。

 よし、と大きく頷いた仁は、

「もうすぐ開演だ。俺は客席で見てるから。思いっきり、やってこい」

 と、薫に背を向けた。

「はい!」

 気合いを入れ直した薫を、仁は一度だけ振り返った。

「そうそう。あいつ、ちゃんと来てたぞ」

 意味深なことを言い残して、彼はひらひらと手を振って、行ってしまった。

 見送る薫は、仁の言う「あいつ」の正体には、すぐに気がついた。薫が舞台を見てほしいと思った人だ、と。

 しかし、気になることが一点。

「俺、仁さんに遼佑の特徴とかって、話してたっけ……?」

 首を捻る薫だったが、深く考えている余裕はなかった。

 開幕を告げる、ベルが鳴った。

19話

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