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<23話
「弟離れ、か……」
実のところ、何度か試みたことはある。自分が高校生になったとき、就職したとき、和嵩が大学生になったとき。いずれも和嵩の「兄ちゃん、なんか変」の一言で終わった。
「そうですよ。弟さんの恋の応援もいいですけど、天野さんだって、アラサーじゃないですか。結婚とかって、考えたりしませんか?」
チェリーピンクの唇が、グラスに触れる。上目遣いの視線に、圭一郎は二杯しか飲んでいないのに、クラクラした。
可愛らしい顔をして、津村は「そんなんじゃ、彼女もできませんよ」と容赦なく宣告する。母親と同じことを言われているのに、相手が年下の女の子というだけで、どうしてこうも心にずっしりと来るのだろう。圭一郎は唸り声を上げる。
弟の心配よりも、自分の心配をしろ。恋愛経験豊富を弟には語るが、同じ数だけ振られているだけの話だ。長く付き合ったためしがないのは、己に問題があるということを、圭一郎はうっすらと自覚していた。
そして自分の抱える問題が、弟であることも……認めたくはなかった。
「このままじゃ、弟さんに彼女が出来たとき、天野さんは絶対に邪魔するでしょう」
「う……」
小舅になる片鱗はすでに見えている。和嵩の片恋の相手である黒崎相手に、醜い嫉妬を覚えたのは確かだ。実際に付き合うとなったら、心配のあまりに彼らのデートを尾行してしまいそうだし、いい雰囲気になったところをぶち壊しに行ってしまうかもしれない。
「それで弟さんに、心底嫌われてしまうよりは、今のうちに弟離れしていた方がいいと思いません?」
津村は饒舌だった。それこそ、どうして彼女が事務職に就いているのかわからなくなるほど、営業に向いている。
上手く言いくるめられた圭一郎は、「まずは何からすればいい?」と、いつのまにか彼女にアドバイスを求めていた。
ようやく自分の望む言葉が得られた、と津村はにっこりと微笑んだ。
「天野さん、一人暮らしをしましょう」
曰く、大学時代の友人に不動産屋に就職した子がいるから、物件選びもお手伝いします、と。
確かに、和嵩から物理的に距離を取るのが、最も手っ取り早い方法かもしれない。これまで弟離れを画策して失敗してきたのは、圭一郎が一度も実家から離れようとしなかったせいもある。離れて暮らせば、自然な距離感の兄弟になれるかもしれない。
しかし、一つ気になる点があり、圭一郎は素直に口にした。
「どうして津村は、そこまで俺のためにしてくれるんだ?」
ただの勤め先の先輩後輩の関係なのに。
ここまで圭一郎の疑問にはすべて応えてくれた津村は、あわあわとみっともなく慌てた後、「どうでもいいでしょう、そんなことは!」と、逆ギレ気味にグラスを呷った。圭一郎は、首を捻るばかりであった。
>25話
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