ろうそくを吹き消したら(11)

スポンサーリンク
BL

<<はじめから読む!

10話

「俺の好きな人はKさん。とても素直で、真面目な人でした」

 彼の口から「好きな人」と飛び出した瞬間、勝弘は胸の奥が疼くのを感じた。どんな女に別れを告げられたときだって、こんな風に複雑な感情を抱いたことはない。

 居心地悪く、勝弘はそわそわと、身体を動かした。直樹の周囲以外は真っ暗なので、勝弘の動きには、誰も注意を払わない。

「俺は、年上の人間が無条件で苦手で、嫌いだった。年長だってことをかさに着て、子供の俺を自分の思い通りにできるって思ってる連中ばっかりだった。男も、女も」

 直樹は慎重に言葉を選んでいる。

 家庭教師にやってきた大学生たちに、性的な関係を迫られたという事実を取り繕わずに言えば、場が荒れることを理解している。

 それを避けるために、直接的なことは言わなかった。

「最初会ったときは、Kさんも他の連中と同じだと思った。だから滅茶苦茶、感じ悪い風にしたんだ」

 不意に、初対面のときの直樹を思い出して、自分のときもそうだったな、と唇が緩んだ。「子供になんか、興味ないよ」と勝弘が言うまで、彼は安心できなかった。

 直樹の裸を見たのは、あれが最初で最後だった。彼の肌に触れたことは、一度もない。

 でも、勝弘の中の理想のラブドールの肌の色や質感は、直樹のものだった。

 どんな素材でも再現できそうにないからこそ、究極の理想なのだ。

「でもKさんは、俺の挑発に乗らなかった。最初ははぐらかしてんのかなって思ったけど、それが素だった。変人なんだ、あの人」

 そこで直樹は、一度言葉を切った。自分のタイミングで話すのが、この会でのルールだ。

 沈黙の中、エアコンの音がした。あの夏の日と同じように。人々が動くときの衣擦れの音は遠く、勝弘は一定の長さの音を立てるエアコンに、意識を集中させる。

 直樹がじっとろうそくを見つめ、それから微笑んだ。まるで、目の前で揺らめく炎が、愛しい人だというように。

 彼は、恋に破れはしたが、恋心を失ってはいない。まだ、その人のことを愛しているのだ。

 その笑顔で、勝弘だけではなく、その場の全員がわかった。

「変なとことかずれてるとこ、知るたびにもっと知りたくなった。Kさんは、俺の質問にはなんでも答えてくれた。俺と同い年の妹がいること。甘い物が好きで、実はお酒はあんまり得意じゃないこと」

 楽しそうに、Kという人物のことを語る。

「学校での話も、たくさん聞いた。その度に俺は、どうして自分が子供なんだろうって思った。Kさんが友達の話を笑いながらしたときには、俺が一緒の学校に通って、隣で笑いたかった」

 早く大人になりたかった、と彼は当時の心境を吐露する。

 直樹は程なくして、自分がKに抱いているのは、恋愛感情だと気づいた。

 はは、と彼は自嘲して笑う。

「Kさんは、俺が告白したあと、一言も言わずに、すぐに俺の前からいなくなった」

 照らされた直樹の顔が、苦しげに歪む。参加者の中には、話を聞きながら自分の経験と照らし合わせてか、涙ぐんでいる女性もいる。

「めちゃくちゃ恨んだし、悩んだよ。なんで何も言わないんだって。怒ったり、落ち込んだりした。でも、成長するにつれて、わかった。Kさんは……Kさんは、ただ、真面目で優しかったから、何も言わずに消えたんだって」

 眉間に皺を寄せる苦悩の表情を和らげ、直樹は慈愛の笑みを浮かべる。

「Kさんは、俺より六歳も年上で、家庭教師で……俺の先生であり続けようと思ったから、俺の将来のことを考えて、俺を傷つけないようにと思って、黙っていなくなったんだ」

 ひゅん、と喉が変な音を立てた。むせかえるのは、かろうじて堪えた。勝弘が目を白黒させていることが、少し離れた場所にいる皆には、伝わらない。

 六つという年齢差に、家庭教師というキーワード。さらに条件を付け加えると、中学生の直樹に性的な関係を迫らず、彼からの告白に、答えを出さなかった人間。

 そのすべてに当てはまる人間が、自分以外にもう一人いる可能性は、ゼロではない。だが、限りなくゼロに近い確率でしか、ありえない。

「最近、Kさんと再会しました。すっかり変わってしまったと思ったけれど、全然変わらずに、俺のことを助けてくれました。やっぱり俺、あの人が、あの人のことが、好きです。たとえ、一生振り向いてもらえなかったとしても、俺は……」

 直樹は最後、照れたように鼻を鳴らした。幼い仕草に、場の緊張は一気に崩れ、和やかな雰囲気になる。

「じゃあ、消しますね。最後の一本」

 直樹の唇がそっと息を吹きかけようとしたその瞬間、勝弘は待ったをかけていた。

 薄暗い中、誰がストップの声をあげたのかわからずに、皆がきょろきょろしている中、直樹だけが声の主を正確に捉えて、驚いた顔を向けていた。

「俺も……俺も、話をしたいんですけれど、ダメですか?」

 唯一の光源であるろうそくをめがけて、勝弘はゆっくりと歩みを進めた。

「はい。これ」

 すでに役目を終えていた自分のろうそくを勝弘に差し出したのは、赤城だった。感謝を手短に述べて、受け取る。

 勝弘は、直樹が持つろうそくから、火を分けてもらう。ろうそくが二本になり、そして次の瞬間には、勝弘の持つ一本だけになった。

 勝弘は目の前の炎に集中する。

 火は、胸に燻り続けている恋心の象徴だ。それを吹き消すことによって、新しい恋を見つける勇気を得る。

 勝弘の場合は、新しい相手を見つける勇気ではない。自分の本当の気持ちを認める勇気を、この火に託す。

「俺の、話を聞いてほしい」

 誰よりも、隣にいる直樹に。

12話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました