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<67話
「だろ?」
でもそれじゃダメだってことを、俺は最近、ひしひしと感じている。呉井さんの様子がどうもおかしい。いや最初から変は変だ。それとは違う方向性のおかしさに、俺は五月の遠足から、気づいていたのに放置していた。
俺は呉井さんに(あるいはいろいろ知っているだろう、瑞樹先輩や仙川に)何を訪ねればいいのか、よくわからないのだ。彼女に対して抱く違和感を言葉にしようとすると、喉の奥で詰まって出てこない。変なのはわかるのに、どこがどう変だと思うのか、わからない。
この状態で聞き出そうとしても、頭のいい彼らのことだ。すぐにはぐらかされ、煙に撒かれるだけ。
そんなことを、ぽつぽつと俺は、山本に話していた。相談をするつもりではなかったのに、自然とそうなっていた。
「これは僕が呉井に感じたことであって、明日川とは違うかもしれないけど」
そう前置きしたうえで、山本は彼の思うことを口にする。
「呉井は、異世界転生した後のことばかり考えている気がする」
転生後に知り合いを探せるようにかくれんぼをしたり、きのこや薬草を見分けようと山歩きをしたり。料理だって、いつか独り暮らしをするときのためにではなくて、転生先の食事事情改善のために、今回やる気になっている。
「呉井みたいな願望を持つ人間だと仮定して、考えてみたんだ」
俺も考えてみる。
イケメンの貴族に生まれ変わって、チート能力と現代オタク知識で無双して、ハーレムはいらないから、可愛いたった一人の女の子と相思相愛になりたい……。
欲望丸出しのただのオタクの思考だった。でもこれが普通だと思うんだよな。呉井さんからは「あれがしたい」「こうなりたい」という欲望を感じないのも、変だと思う理由の一つだ。
「僕はその手のコンテンツに触れたことがないから、まずはこう考えた」
どうやったら、異世界転生ができるだろうか、と。
「呉井ほど頭の回転が速い人間が、夢物語じゃなくて本気で転生を考えているとすれば、その手段を開発しようと躍起になるのが普通じゃないのか。いや、普通っていうとなんか、アレだけど」
転生をリアルに考えるのは、そもそも普通じゃない。
山本の意見は、腑に落ちた。
そもそも思えば、初対面のときに彼女が俺に聞いたのは、「どの異世界から来たのか」「どんなところなのか」だけだった。「どうやって」の部分は、スルーしていた。
まるで聞かなくてもわかっている、というように。
「その、異世界転生モノ? って、どうやって異世界に行くんだ?」
山本の質問に、俺は答えられなかった。
転移ではなく、転生。生まれ変わるためには、一度死ななければならない。
「死……」
呆然とした俺の呟きに、山本が息を飲む。
病死のパターンも、殺人事件のパターンも、WEB小説の海の中にはあまた漂っている。どちらも自分が狙って起こすことができるものではない。
それに、一番有名なのは、事故死だ。それもなぜか、普通乗用車ではなくて、トラック。もしも彼女に異世界転生の知識を植え付けた誰かが、トラックについて言及していたとしたら。
山での呉井さんの一言を思い出す。
『わたくしが死ぬ理由は、決まっておりますから』
あれは、転生のためにトラックの前に飛び出して、自死することを示していたのではないか。
「あ、明日川。大丈夫か?」
血の気が引いた俺の肩を揺さぶる山本の顔色も、悪い。
呉井さんがトラックに轢かれるところを、リアルに想像してしまった。大きなトラックだ。あのきれいな顔も、無事では済まない。ぐちゃぐちゃのドロドロになった呉井さんの魂は、結局転生なんてできずに、救われない。
「と、とにかく呉井に確認してみた方がいい。今日の肝試しのときに、二人きりにするから」
山本に上手に返事ができないでいると、玄関から「ただいまー」と声が聞こえた。
「あれ? どうしたの二人とも」
能天気な柏木の背後に、呉井さんがいる。
「……いや」
なぁ、呉井さん。
君はいったい、何を考えているんだ?
>69話
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