クレイジー・マッドは転生しない(68)

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クレイジー・マッドは転生しない

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67話

「だろ?」

 でもそれじゃダメだってことを、俺は最近、ひしひしと感じている。呉井さんの様子がどうもおかしい。いや最初から変は変だ。それとは違う方向性のおかしさに、俺は五月の遠足から、気づいていたのに放置していた。

 俺は呉井さんに(あるいはいろいろ知っているだろう、瑞樹先輩や仙川に)何を訪ねればいいのか、よくわからないのだ。彼女に対して抱く違和感を言葉にしようとすると、喉の奥で詰まって出てこない。変なのはわかるのに、どこがどう変だと思うのか、わからない。

 この状態で聞き出そうとしても、頭のいい彼らのことだ。すぐにはぐらかされ、煙に撒かれるだけ。

 そんなことを、ぽつぽつと俺は、山本に話していた。相談をするつもりではなかったのに、自然とそうなっていた。

「これは僕が呉井に感じたことであって、明日川とは違うかもしれないけど」

 そう前置きしたうえで、山本は彼の思うことを口にする。

「呉井は、異世界転生した後のことばかり考えている気がする」

 転生後に知り合いを探せるようにかくれんぼをしたり、きのこや薬草を見分けようと山歩きをしたり。料理だって、いつか独り暮らしをするときのためにではなくて、転生先の食事事情改善のために、今回やる気になっている。

「呉井みたいな願望を持つ人間だと仮定して、考えてみたんだ」

 俺も考えてみる。

 イケメンの貴族に生まれ変わって、チート能力と現代オタク知識で無双して、ハーレムはいらないから、可愛いたった一人の女の子と相思相愛になりたい……。

 欲望丸出しのただのオタクの思考だった。でもこれが普通だと思うんだよな。呉井さんからは「あれがしたい」「こうなりたい」という欲望を感じないのも、変だと思う理由の一つだ。

「僕はその手のコンテンツに触れたことがないから、まずはこう考えた」

 どうやったら、異世界転生ができるだろうか、と。

「呉井ほど頭の回転が速い人間が、夢物語じゃなくて本気で転生を考えているとすれば、その手段を開発しようと躍起になるのが普通じゃないのか。いや、普通っていうとなんか、アレだけど」

 転生をリアルに考えるのは、そもそも普通じゃない。

 山本の意見は、腑に落ちた。

 そもそも思えば、初対面のときに彼女が俺に聞いたのは、「どの異世界から来たのか」「どんなところなのか」だけだった。「どうやって」の部分は、スルーしていた。

 まるで聞かなくてもわかっている、というように。

「その、異世界転生モノ? って、どうやって異世界に行くんだ?」

 山本の質問に、俺は答えられなかった。

 転移ではなく、転生。生まれ変わるためには、一度死ななければならない。

「死……」

 呆然とした俺の呟きに、山本が息を飲む。

 病死のパターンも、殺人事件のパターンも、WEB小説の海の中にはあまた漂っている。どちらも自分が狙って起こすことができるものではない。

 それに、一番有名なのは、事故死だ。それもなぜか、普通乗用車ではなくて、トラック。もしも彼女に異世界転生の知識を植え付けた誰かが、トラックについて言及していたとしたら。

 山での呉井さんの一言を思い出す。

『わたくしが死ぬ理由は、決まっておりますから』

 あれは、転生のためにトラックの前に飛び出して、自死することを示していたのではないか。

「あ、明日川。大丈夫か?」

 血の気が引いた俺の肩を揺さぶる山本の顔色も、悪い。

 呉井さんがトラックに轢かれるところを、リアルに想像してしまった。大きなトラックだ。あのきれいな顔も、無事では済まない。ぐちゃぐちゃのドロドロになった呉井さんの魂は、結局転生なんてできずに、救われない。

「と、とにかく呉井に確認してみた方がいい。今日の肝試しのときに、二人きりにするから」

 山本に上手に返事ができないでいると、玄関から「ただいまー」と声が聞こえた。

「あれ? どうしたの二人とも」

 能天気な柏木の背後に、呉井さんがいる。

「……いや」

 なぁ、呉井さん。

 君はいったい、何を考えているんだ?

69話

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