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<66話
翌朝、早くから柏木は、呉井さんや瑞樹先輩を引き連れて出かけていった。当然仙川もついていくわけだが、そうじゃなかったらあいつ、どうやって移動するつもりだったんだろう。運転できるのは仙川だけだし、アウトレットモールまでの道のりは遠い。とても徒歩じゃ辿り着けない。
帰りに昼の弁当と、夜の食材を買ってくるように伝えてあるが、少々心配になってきた。詳しいメモを渡したわけではないので、何かとんでもない材料を買ってきて、闇鍋ならぬ闇バーベキューになる……なんてことはないよな。
柏木は悪ノリでそういうことをしそうだが、呉井さんは素でトンデモ食材をチョイスしそうである。仙川はツッコミを入れずに従うだけだし、ここは瑞樹先輩の常識力に期待するしかない。
大丈夫。瑞樹先輩はグルメだから、美味しく食べられるものにしか財布を開かないはずだ。
自分に言い聞かせながら、俺は持ってきた同人誌のページを開いた。全年齢対象、文庫サイズの小説本だし、デザイン表紙なので、女子のいる前で読んでも何ら問題はないが、「明日川くん、何を読んでいらっしゃるの? ライトノベルですか? え? 同人誌? 同人誌ってなんですか?」と、呉井さんに質問攻めにされそうなので、読むなら今のうち。
居間のソファに陣取って読書に励んでいると、部屋で勉強をしていた山本が、飲み物を取りにやってきた。てっきりそのまま部屋に戻るものだとばかり思っていたが、麦茶のグラスを持ったまま、彼は俺の横に腰を下ろす。
「ん」
彼は両手にグラスを持っていて、片方を俺に差し出した。
「サンキュ」
ありがたく受け取る。どうやら山本は、休憩時間と決めたらしい。
特に会話らしい会話もない。女子二人がいると、どうしても話しかけられるが、その点男同士は気楽でいい。話す用がないなら、話さない。話したいと思ったときには話すし、声をかけられたら返す。そのくらいの距離感だ。
「呉井のことなんだけどさ」
お? 山本が急に何やら言い始めたぞ?
「うん」
「いつから、ああなんだ?」
真面目で清楚な美少女なのに、親しい間柄となると異世界転生した後の行動について語る語る……全部ひっくるめて「ああ」なのだと思うけれど、答えるのは難解な問題だった。
「さあ……俺が巻き込まれたときには、すでにああだったから」
「聞かなかったのか?」
「逆に聞くけど、山本なら聞ける? いきなり『どこの異世界から来たんですか?』ってめちゃくちゃ興奮した状態で言われて、そのうえ過保護な保護者に『余計なことは言うな』って脅されて」
「無理」
即答じゃねぇか。
>68話
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