臆病な牙(2)

スポンサーリンク
BL

1話

 冬夜がコンビニに通い、「かざまき」という名の店員と少しでも距離を縮めたいと思ったのは、この夏のことだった。

 その日、サークルの活動の打ち上げコンパに参加していた冬夜は、居心地の悪さを味わっていた。

 普段の飲み会であれば、冬夜は隅に寄って、まだ飲みつけないレモンサワーをちびちびと舐めながら、揚げ物に手を出すだけの目立たない存在だ。

 だが、今日は違う。話題の中心は冬夜の「顔」についてだった。同級生の橋本はしもとに、げらげらと下品な声で笑われて、冬夜はひきつった笑みを唇に浮かべた。

 冬夜が在籍しているのは、児童養護施設への訪問をメインの活動にしている、ボランティアサークルだった。しかし真面目に参加しているメンバーはいつも固定で、残りは就職活動のときに有利そうだという理由で、籍だけ置いているに過ぎない。

「お前、施設のばーさんに出禁食らったんだって? ウケる」

 いや、全然ウケない。冬夜は内心で、即座に否定する。

 冬夜は子供が好きで、このサークルに所属することを決めた。だが、子供好きの人間すべてが、子供に好かれるとは限らないのがこの世の理だ。

 今日訪れた施設の子供たちは、楽しそうに遊んでいた。しかし、冬夜が顔を出した瞬間、静まり返った。そして一斉に、爆発的に泣きだした。

 理由は悲しいくらい、明白だった。

 冬夜の顔が怖いから、である。

 子供の頃から、冬夜は親以外に「可愛い」と言われた記憶はなかった。決して不細工ではないと、自分では思っている。どころか、目以外はそこそこ整っていると自負している。

 だが、人間の顔のパーツで、美醜を決定づけるのはやはり、目なのである。冬夜の目は細く、しかも黒目が小さい。いわゆる三白眼というやつで、自他ともに認める爬虫類顔だ。

 ヘビ顔を笑いに変える愛嬌があればよかったのだが、あいにく冬夜には備わっていなかった。

 かといって、周囲を威嚇して歩き、孤独を貫けるような強さもない。

 似合わぬ愛想笑いを浮かべ、敵意はないですよ、とアピールをすることしか、冬夜にはできなかった。

 冬夜の顔によってパニックになった場を治めた施設長は、やんわりと、しかしはっきりと、冬夜にはもう来ないでほしいと言った。来るにしても、子供たちの前に姿を現さないでほしい、と。

 そのときも、「はぁ」と言いながら笑うことしかできなかった。細い目は、笑みを浮かべるとにまりと曲がって、嫌らしいものになってしまう。施設長は冬夜の顔を見て、眉を顰めた。

月島つきしま、その顔のせいで女とも付き合ったことねぇんだろ? いっそのこと、顔出しNGのソープのねーちゃんたちみたいに、目元だけ手で隠せば? そしたらイイ線いくんじゃね?」

 言いながら、橋本は自分の掌で冬夜の目を隠している。

 女子学生の方が多いコンパの最中に、何を言い出すんだ。

 そう諫められればよいのだが、冬夜は何も言えない。普段から猫背がちな背を一層丸めるだけに終わってしまった。

「大丈夫? 月島」

 橋本に絡まれ、普段よりも多くアルコールを摂取してしまった冬夜に、いそいそと近寄ってきた香山かやまが水のグラスを渡してくれた。

「あ、ああ……ありがとう」

 言いながらも、冬夜は居住まいを正して、気づかれない程度に香山から距離を取った。

 同級生の香山は、真面目に活動しているし、橋本のように下劣な揶揄をすることは絶対にしない青年だ。だが、冬夜は彼のことを、少し苦手にしていた。

 香山はアイドル顔だ。テレビに出ている女の子たちのグループの中にいても、何の違和感もない。

 目が大きくて、鼻や口は小さめ。その気のない冬夜ですら、たちまちぽーっとなりそうな、美少女顔なのである。

 彼の横にいると、自分のコンプレックスを強く意識してしまう。俺も、香山みたいに黒目が大きかったらなぁ、などと恨んでしまうからこそ、近寄りがたいのである。

「嫌だったらちゃんと、言い返せよな」

 人は見かけによらない。少女めいた愛らしい顔に、香山は豪胆な男の魂を宿している。見掛け倒しの冬夜とは正反対に、売られた喧嘩は買うし、自分から売って出るときもある。

 冬夜は曖昧に頷き、こっそり溜息をついた。

 早く家に帰りたかった。

3話

ランキング参加中!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説家志望へ



コメント

タイトルとURLをコピーしました