平行線上のアルファ~迷子のオメガは運命を掴む~(19)

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18話

「本当の家族に、会いたいとは思わなかった?」

 昔は。

 と、彼は掠れた声で呟く。

「賞金や印税で、興信所に依頼して親を探してもらったこともあるが、何の手がかりも得られなかった」

 どれだけ大枚をはたいても、無駄だった。「これ以上は」と、探偵が返金してきたほどだったという。

 普通の人なら、親からその親へ、辿ろうと思えば、どこまでも調べられる。しかし、早見岳という男の足跡は、ぷつりと途切れてしまっている。過去を辿ることができない。

 それは、なんて悲しいことだろう。同時に、親に悩まされ続けた日高にとっては、なんてうらやましいことだろう。

「いない方がいい親だって、この世にはいる」

 自然と硬くなった日高の声を聞きとがめ、早見は「日高?」と、名前を呼び、手に触れた。

大きな手。ゴツゴツと硬いのに、握りしめる力はふわりと柔らかい。

「俺は父親に売られたって、言いましたっけ?」

 確か、初対面の錯乱状態で、八つ当たり気味にぶつけたはずだ。早見がかすかに頷き、「それとなくは」と言うのを確認してから、日高は自分の話を続ける。

 彼が自分に、家族の話をしてくれたのは、信頼の証だ。捨て子であった事実は、人によっては恥部だ。腫れ物扱いされるのを恐れて、隠し通す秘密だ。

 日高なら、ありのままに受け止められると思ってくれた。似て非なる傷、家族の問題を抱えている日高のことを、早見は同志だと感じてくれている。だから、正直に話してくれた。

 その信頼に応えたいと思った。だから、自分自身の傷についても正直に話す。

「アルファとオメガの説明をしたときに、言ってなかったことがあります」

 早見は咄嗟にポケットからメモを取り出そうとして、ぐっと拳を握り、やめた。小説のネタにするつもりはないという、強い意思表示だ。フィクションではなく、日高の身に実際に起きたことだから。

 最初にあえて明かさなかったのは、日高にとっては忌々しい言葉だ。

 運命の番。

 特定のアルファとオメガの間に成立するという、特別な繋がり。出会った瞬間に、一目でお互いがお互いの運命の相手であると直感するのだという。

 普通に成立した番と異なるのは、どうやっても関係を終了することができないこと。アルファやオメガが生まれる確率が、通常よりも高いこと。

 もっとも、サンプルが少なすぎて、研究は進んでいないらしい。

 保健体育の授業で、「ロマンティックよね」と教師は語った。

 ベータはいつだって、アルファとオメガのあり方に、物語を見出すのが得意だ。

ドラマや映画も、アルファとオメガばかりが取り上げられて、ベータはモブ。日高は、そのモブになりたかった。

 身近で運命の番を得たという話もついぞ聞かず、所詮は伝説、フィクションでいいように扱われるようなものだと思っていた。

 実際に、父の前に運命のオメガが現れるまでは。

「俺の父はアルファ、母親はベータ女性でした。二人がどうして結婚したのか、今となってはわかりませんが、とにかく俺が生まれました」

 ある朝、起きたら母親が泣いていた。部屋の中は荒れていて、家の中だけ嵐が通り過ぎたかのようだった。

 それまでは、ごく平凡な家族だったと思う。傍から見れば、幸せな。

 父は小さいながらも、祖父から継いだ会社を経営していて、母は専業主婦。家に帰れば、毎日違うおやつが準備されていて、やりたいといった習い事はさせてもらえる。

 そんな日々も、運命のオメガのせいで変わってしまった。

 母は外で働き始めた。慣れない仕事のストレスを、彼女は酒と日高にぶつけた。日高がオメガだったことも災いした。

「父親を奪ったのは、オメガの男だったから」

 憎い敵と同じ性をもつ息子に八つ当たりするのも仕方のないことだと、今なら言える。

だが、子どもの頃は悲しくて辛くて、毎晩布団をかぶって泣いていた。思春期になり、オメガとしての特性が顕著になってくると、母はますます、日高への嫌悪感を募らせていった。

 酒が祟って彼女が死んだときには、安堵すらした。

 母は晩年、働くどころかまともに動くことすらできなくなっていた。日高はその分、学生時代から働いていたし、高校を卒業してからは、長時間シフトに入ることもできるようになり、寂しいどころか、むしろ生活は楽になったくらいだ。

 悲しくなかったわけじゃない。でもこれで母も二度と苦しまなくてすむのだと思えば、互いのため、よかったと思うのだ。

 そのくらい、情の薄い母子であった。

 母の死後、日高は比較的穏やかに生きていた。

「けれどそんな生活も、全部父親が奪った」

20話

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