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<34話
「あ、母さん! 明日の夕飯、俺と和嵩、二人で食べにいくからいらない!」
食後の団欒中に、圭一郎は母に告げた。彼女は「また?」と、やや訝しげな表情を浮かべている。
「仲直りしたのはいいけど……」
結局、お兄ちゃんの一人暮らしも、うやむやになっちゃってるし。
そう零したのち、よっこらしょ、と母は立ち上がってキッチンへ向かった。父は飲み会で、不在である。
ソファに並んで座る二人は仲のいい兄弟として、家では振舞っている。距離も適度に保っていたのだが、母がいなくなった瞬間、和嵩が一気に詰め寄って来て、ぴったりとくっついてくる。
これは部屋で、二人きりのときにしか許していない距離感である。母のいるキッチンからは死角になる位置とはいえ、圭一郎は一言説教をするべきだと判断して、口を開きかけた。
「!」
その隙をついて、和嵩は圭一郎の唇を瞬時に奪う。同時に、母が茶を淹れて戻ってきたため、圭一郎はいそいそと不自然にならないように、和嵩から離れた。
同じ屋根の下に暮らす弟と恋人関係になってから、彼はこうやって、両親の目をかいくぐって悪戯をしかけてくることがあった。
ばれたらどうすんだ! と、その度に怒るのだが、和嵩はどこ吹く風である。
「あら、圭ちゃん。熱でもあるの?」
キスのせいで赤くなった頬を見咎められて、圭一郎は「なんでもないよ」と両手を振った。
本当に、一人暮らしを始めた方がいいかも。このままでは自分の心臓がもたない気がする。
隣で笑っている気配の和嵩の腿を、ぎゅうっとつねりながら、圭一郎は再び、一人暮らし計画を検討し始める。
今度は自分と、最愛の恋人のために。
(終)
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