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<12話
「貸してください」
簡易な工具を早見の手から取り上げ、説明書を一読する。そして、ひとりでさくさくと組み立てていく日高に、早見は感心していた。じっと手つきを見つめられ、悪い気はしない。
「器用なものだ」
「このくらい、普通ですよ。だって、簡単組み立てですもん」
DIYというほどのことはない。独り暮らしの若い女性だって、このくらいは彼氏の手を借りずにやるだろう。
黙々と作業を進める日高を見守りながら、早見はぽつりと言った。
「俺は、不器用なんだ」
肯定も否定もできず、日高は曖昧に相づちをうつ。
料理以外の家事は人並みにできると豪語していたが、日高が代わりにやるようになってから、彼は自分の家事の粗に気づいたらしいことは、知っていた。
洗った後の皿がヌルヌルする。Tシャツは、洗濯する度に、襟ぐりが伸びる。
「小説を書くことしかできないし、そもそもやる気がない」
それまで当たり前に発生するものだと思っていた小さなミスが、実は自分のいい加減さから来ていると知った。日高と一緒に家事をすることで、正しいやり方を学ぼうとした。
だが、どれだけ丁寧にやろうとしても、何らかの不具合が発生する。呆れた不器用加減だった。
少し落ち込んでいるのかな。
そう思った日高は、努めて明るく声をかけた。
「いいんじゃないですか、それでも。あなたの小説を待っている人が、日本中にいるんです。小説を書くことさえできれば、それで」
最後のねじをきっちりと締め、テレビ台は無事に完成した。見事なものだと褒めたあとで、早見は再び真顔に戻る。
「手先だけじゃない。俺は、人間付き合いも、どうもうまくいかない。君が食事を一緒にしたいのだと言ったときも、実はなぜなのか、よくわからなかった」
テレビを箱から出し、アンテナ部に繋げる。もうこれで番組を見られるらしいが、試しにつけてみようと言い出せず、日高は黙って早見を見上げた。
見慣れた角度だった。お互いに立っているとき、日高は彼の肩あたりまでしかない。早見が一番よく見える角度だ。見やすい、という意味だけではなくて、彼が一番精悍で美しく見えると思う。
高い鼻梁。顎から頬にかけて、なだらかに描くライン。
こっそりと見惚れたことは、一度や二度じゃきかないだろう。
>14話
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