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<13話
「一緒にご飯を食べてみて、どうでしたか?」
日高との約束は、朝と夜の二回だった。昼は仕事が立て込んでいれば、彼は部屋から出てこない。
これまでは、食べずに過ごすことも多かったようだが、日高は自分のついでに用意した。扉をノックして、反応がなくても勝手に入り、そっと置いて出てくる。
最初の五日間は、別々だった。けれど、早見は昼になると部屋から出てくるようになった。驚いたけれど、三食ともにすることに、日高が否やを唱えるはずもない。
「これが好きだと君が言う度に、俺も好きになる気がした。美味いとは思っても、好物なんてもの、なかったのに」
食事は栄養で身体を満たすだけの行為ではない。
早見は日高との生活の中で、その本当のところを、実感し始めた。
「俺には、家族がいない」
きゅう、と胸が締めつけられた。直接尋ねることはなくとも、すでに予想されていた答えだった。
「君も似たようなものだろう」
日高は頷かなかったが、早見の言には確信が籠もっていた。
錯乱したときに、おそらく何か口走った。突っ込まないでいてくれるのは、早見の優しさだ。
「俺たちは家族じゃないけれど、ともに暮らしている。同居人に何かをしてあげたい、一緒の時間を過ごしたいと思うのは、おそらく一歩先の感情なのだろう」
と、俺は思う。
恥ずかしげに付け足された言葉。どう捉えればいいのかわからずに困惑している日高の頭を、大きな掌が撫でた。
身構える隙もなかった。こんな大男に触られるなんて、これまでの自分だったらひどい嫌悪感に襲われて、即行でぶち切れていた。何ならそれが原因で、バイトをクビになったことさえある。
不器用だと予防線を張ったわりに、彼の手つきは繊細だった。心臓の高鳴りは、衝動的な嫌悪とは対極にある。
「一歩先って……」
「……子どもには、こういうものを買い与えたくなるってことさ」
名残惜しく離れていく手に、あ、と思う。口に出さなかったのは、わずかな自制心の賜物だ。
「って、子どもってなんですか! 俺は来年、二十歳ですよ!」
子ども扱いされたことへ唇を尖らせたのは、もっと撫でてほしいという本心をごまかすためだった。
早見は笑う。
「子どもは言い過ぎたな。じゃあ、兄からのプレゼントだと思って、受け取ってくれ。ソフトは適当に、ダウンロードしてくれていいから」
言い置いて出て行く早見の背を見送って、日高は自分の髪を撫でつけた。頬の熱を逃がすように、手の甲で触れる。
居候や同居人よりも、一歩先にある感情。
早見の気持ちは、家族への愛情だ。
家族に恵まれないのは自分も同じ。去年までは母親と二人暮らしだったが、彼女との生活は、一般的な家族生活とは程遠かった。
他人である早見との暮らしの方が、よほどイメージの中の家族に近い。だからこそ、戸惑いもあれば、高揚することもある。
日高の中に淡く生まれた、期待とも恐れともとれる感傷は、早見の想いと同じもの。
そうじゃなきゃ、早見も日高も、困る。
「……テレビ、見てみよっかな」
わざわざ声に出してから、日高は電源を入れた。
>15話
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