高嶺のガワオタ(35)

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ライト文芸

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34話

 飛天が「人の多いところは無理だ」と告げると、太陽は特に何も聞かずに、了承した。パニックになるとか、そういう繊細な部分にかかわる問題だと解釈したのだろう。突っ込んでこないのが、ありがたかった。

 希望どおりにスペース管理業務を手伝うことになった飛天だが、機械の操作は自らの母校であり、勝手のわかっている次郎が引き受けている。アンケートの配布と回収が主な業務で、上映のない合間の時間は、清掃活動に励んでいた。

 借り受けたスペースは、メディア棟の中でも最上階の、エレベーターから一番遠い教室だった。次郎曰く、「授業で割り当てられるとげんなりする部屋」とのことで、あまり動員は見込めないだろう、と太陽は予測していた。

 だが、初回こそガラガラだったものの、回数を重ねると客席が埋まってきた。男女比は、家族連れを除けばほとんど男だった。

 それもそのはず、客がわざわざ遠いところまでやってきたのは、ビラを配っていた映理の存在が大きかった。

 ガワの狭い視界から見ても、美しい女性である映理が、にっこり笑って「ぜひ来てください!」と勧めてくるのである。男たちの多くは、ふらふらと誘い寄せられてもおかしくはない。

 と、頭ではわかっているのだが、飛天としてはまったくもって不愉快である。ここにいる若い男たちは、全員映理目当てなのだ。

 できるものなら、「俺が彼氏だ!」と彼女を背に庇って、男たちの視界から隠してしまいたい。

 上映時間中も客席を睨みつけて、飛天は歯ぎしりの音を立てないようにするのに必死であった。

 次の回で今日の上映は終わり、という合間の時間。アンケートをチェックしていた太陽が、掃除中の飛天を呼んだ。

「守護者、すごく褒められてるよ」

 寄越された紙束を、飛天は捲る。

『ヒロインを守る男の姿が、カッコよかった』

『彼が死んでしまったときには、泣きそうになった』

 中には、「演技がひとり浮いてる」という指摘もあったが、おおむね好意的に見てもらえていて、ホッとした。特に、小さな子供からの「おにいちゃんがかっこよかった」というひらがなの感想文にはほっこりさせられたし、純粋に嬉しかった。

 勿論、絶対数が多いのは、怪獣についての言及だった。あれだけこだわって作り上げた「主役」である。自分の演技が、怪獣への注目の一助になっていたら、それでいいやと思う。

 そして同時に、やはり何かを演じるのは楽しく、こうして観客の実際の反応を見られるのは嬉しいことだとも実感した。もっといろんな作品に携わりたいと、役者仕事への情熱が燃え上がっている。

 青臭い気持ちを隠すように、「ゴミ捨ててくる!」と、飛天は一杯になったゴミ袋を手に、小走りに教室の外へと飛び出した。

 あまり前を見ていなかったので、飛天は廊下を歩いていた人間にぶち当たる。その拍子に、かけていたサングラスが落ちた。

「すいません」

 慌てて拾ってかけ直す。ぶつかってしまった人間に、素顔が見えてしまったのはほんの一瞬。でも、口元ではなくて目だったことが、災いした。

「えっ! 品川飛天!? ホンモノ!?」

 何かのアニメのコスプレをした女子学生は、大声で叫んだ。

 飛天にとって、最も不幸だったのは、扉が完全に閉まりきっていなかったことだった。

 飛天は最初、映理のおまけでついてきただけの存在だった。特技研の面々に、飛天は本名を名乗っていなかった。

 映理が「飛天さん」と呼ぶから、「変わった名前だな」とは感じていただろうが、「品川飛天」とイコールでは結べていなかった。

「品川飛天って、あの……?」

 教室内から聞こえてきた声に、飛天は振り返ることができなかった。

 自分が品川飛天であること、そしてそれを隠して、映画撮影に協力していたこと。意識していなかったわけではないが、二重、三重に自分の罪が降り積もっていたのを、今更思い知る。

 女子学生は顔を赤らめて、「昔ファンでした! 握手してください!」と言ってくるが、飛天はそれどころではなかった。

 目立つコスプレ姿のせいか、自分たちは注目を浴びてしまっている。右を向いても、左を向いても好奇の目。そして背後からも。

 視線すべてが自分を責め立てているような気がして、飛天は恐慌状態に陥り、ゴミ袋を放り出して、逃げた。

 映理がその場にいなかったことだけが、不幸中の幸いだった。

36話

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