高嶺のガワオタ(34)

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ライト文芸

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33話

 いよいよ、映画の上映日が近づいてきた。次郎の母校である専門学校の学校祭は二日間。各日五回だけ、中野太陽監督作品は日の目を見る。

 SNSを使っての宣伝もしていない。学校祭のパンフレットにも、挟み込みの紙でしか知らされていない。ビラはあちこちに貼ったりばらまいたりする予定だが、それでもどれくらいの人数が集まるのかは、わからなかった。

「私、お手伝いします!」

 やる気を見せる映理を止める理由はなかった。スペースは貸してもらえるが、当日取り仕切るスタッフは、当然特撮技術研究部持ちである。ただでさえ人手が足りないのだ。

「俺も行く」

 自分でも驚くほど悩まずに、飛天は映理と一緒に太陽の元に行くことを決めた。人混みを厭う(特に若者ばかりの学校祭なんて場所は、最悪だ)飛天が、自らも参加すると言い出すなんて。

 映理も目をパチパチさせて、気合いを入れるのに握った拳をほどくことも忘れている。

「あんまり外に出ないで、スペース管理の手伝いに回れば、大丈夫だと思う」

 サングラスとマスクも外す予定はない。

 飛天が本気だと知ると、映理はにっこりと笑った。

 飛天が学校祭を手伝おうと思ったのは、単純に、自分が出演した作品が、客観的にどう評価されるのかを、実地で体感したかったからだ。

 撮り終えた映画を見るなら、試写会で十分だ。でも、ドラマや映画は、受け手に伝わることでようやく完成するのだと思う。

「守護者役の飛天さん、とても格好良かったですからね! どういう風にお客さんが思うのか、とても楽しみです」

 ヒロインの演技を巡る喧嘩は、いい意味でうやむやになっていた。

 突然、複数の退部者が出たり、役者が交代したりと、巻き込まれた映理は訳もわからず大変だったに違いない。しかも代役が、あれほど太陽の演技プランに真っ向から歯向かっていた飛天である。

 ぎくしゃくした飛天との関係を、表に出さないようにどこかぎこちなかった映理だったが、すぐに飛天の心境の変化に気づいてくれた。

 その上で、彼女は飛天の全力の演技に応えてくれた。

「演劇部にいたからって、あんな演技、誰にでもできるとは思えません」

 興奮した口調で、事実を突いてくる発言をするものだから、飛天はひやりとする。

「それは、どうも」

 やや突き放した言い方になるのは、悩んでいるせいだった。

 自分の本当の姿を、映理に明かすかどうか。

 すなわち、自分が品川飛天という元アイドルの卵で、元――とは言いたくないが――役者で、特撮オタクには蛇蝎のごとく嫌われているのだということを。

 このまま何も言わずにともにいることは、不誠実なのではないか。映画で共演したことをきっかけに、ふと思うようになったのだ。

 太陽の脚本に、どっぷり影響されているだけなのかもしれない。彼が描いた守護者は、映理の演じたサヤにどこまでも忠実だった。絶対に裏切らず、嘘をつかない存在だった。

 きちんと自分の正体を明かしたうえでなければ、彼女に告白することはできない。

 今までに出会った特撮オタクの面々は、皆、飛天に気づいていなかった。年季の入った特撮ファンであろう高岩や、太陽たち特技研の連中ならば、飛天を知っていてもおかしくはなかったが、何も言ってこない。

 彼らが過激派でないことも一因かもしれない。あとは、特撮ファンとしてのスタンスも関わっている。

 映理と知り合ってから、飛天は日曜朝の特撮ドラマを視聴している。

 最初はただ流していただけだったが、「このヒーローは、こういう動きもするのか」と、スーツアクター視点で、録画を何度も巻き戻したりする。インターネットで調べて、アクターの名前とヒーロー名を一致させてから見ると、特徴が浮き彫りになって面白かった。

 飛天の視聴の立場は、スーツアクター目線であり、特にマニアックな部類に入るだろう。映理もアクターに興味があるらしい。

『○○と△△って似てますよね』と、まるで似ていないキャラ同士を挙げるから、詳しく聞いてみたら、「中の人が同じだから、立ち方が似ている」とのことだったりする。

 一方で、特撮オタクの中には、顔を出して演じている役者目当てに見ている人間も多い。子供の視聴に釣られて見事にはまってしまった主婦層に多いようで、イケメン俳優の登竜門と呼ばれて久しい。

 映理は、俳優には興味がない。太陽たちもそうだ。彼らはヒーローのスーツの造形や、怪獣の細部にまで至る作り込みを愛でる。カメラワークの新しい手法を、興奮しながら議論する。そういう生き物だった。

 業界では、映理のように変身後を愛するオタクのことを、ガワオタと言うらしい。

 飛天が出会ったのが、俳優ファンの方の特撮オタクだったとしたら、すぐに「あの」品川飛天だということが露見し、村八分になっていたはずだ。

 想像して、ゾッとする。赤の他人はどうでもいいが、映理に軽蔑の目で見られていたのかもしれないと思うと、恐ろしい。

「飛天さん? どうかしましたか?」

 押し黙ってしまった飛天を気遣って、映理が下から覗き込んでくる。あざとい仕草だが、彼女に特別な意図がないことを知っている。ただ可愛いだけだ。

「何でもないよ」

 心の葛藤を押し隠して、飛天は微笑んでみせて、デートを続行した。

35話

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