二週間の恋人(16)

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15話

 要はきれいだからなぁ、というのが、陽介の口癖だった。今以上に数学バカだった要の、中学時代からの唯一の親友だった。特進科に進んだ要と普通科の陽介とでは、教室のある階すら違ったが、昼休みともなれば必ず彼は、要のいる教室へと、購買で買ったパンを持って遊びに来た。

 ベタベタしてホモかよ、と揶揄する声も少なからずあった。でも彼は、豪快に笑い飛ばした。

「きれいなもんはみんな、好きだろ? そういうこと」

 と。

 彼の実家は、小さな配送業を営んでいた。笠原運輸のトラックは、地域密着を謳い、引っ越し作業をはじめとして、市内のあちこちで見ることができた。二人で遊びに出た先で、トラックとすれ違うと、彼は目を細めていた。

 陽介は高校卒業後は家業を手伝うと決めていた。学はあった方がいいのかもしれないが、そちらは弟がなんとかしてくれるだろう、と言った。

「要がうちの会社に来てくれたら、最高だけどなあ」

 冗談だと思って、要は「まさか」と言った。だよなあ、と彼は、寂しそうに笑った。本気だったのだと気がついたのは、彼を失ってからのことだった。

 今でもはっきりと覚えている。高校を卒業する日のことだ。東大の合格発表はまだだったが、すでに滑り止めの私立大学には合格していたので、上京するのは確定していた。

 誰もいなくなった教室に、要は呼び出された。

「もう、家決まってんだっけ」

「うん。十日に合格発表あるから、持ってける荷物はそんとき持ってく。ま、一端帰ってくるから、見送りはそんときでいいよ」

 他愛もない話から、始まった。今生の別れじゃあるまいし、と要は軽く考えていた。

 なのに陽介は、思いつめたような表情をしていた。何度か口を閉じたり開いたりしている彼に気づき、要は表情を引き締めた。

「どうした?」

「要さぁ。言おうか言わないか、迷ってたんだけど、やっぱ言うわ」

 陽介は、頭を掻きながら要に向き合った。泳いでいた視線が、はっきりとした意志を持って要に向けられる。

「好きなんだ、要のこと」

 親友だと思っていた男からの突然の告白に、要は大きく息を呑んだ。それと同時に、胸の内にほのかな喜びが広がっていくのを感じて、要は二重に驚いた。

 陽介が自分に向ける好意が、恋心であったことを、自分は嬉しいと思ったのだ。このとき初めて、要は、自らの気持ちに気がついた。だが、すべては遅すぎた。

 返事はできなかった。ここで「俺も好きだ」と返すことが、果たして自分たちの幸せに繋がるのか。

 自分は進学し、就職も都内でするだろう。一方で陽介は、会社を継ぐ。彼と自分が付き合うとしたら、跡取りの問題も浮上するに違いない。要の頭の中では、ありふれたドラマのストーリーが組みあがっていた。

 陽介は勝手に要の表情を読んで、結論づける。

「困るよな、こんなこと言われても」

 そうだ。困っているのだ、自分は。陽介がいきなり、告白などするから。要は、彼に責任を転嫁した。

「友達のままでいいから……最初で最後、お願い一個だけ、聞いてくれないか」

 陽介の掌が、肉付きの悪い要の頬を包んだ。微かに震えているのが伝わってくる。どんな「お願い事」であっても、要は叶えてやろうと思った。

「キス、させてほしい」

 間髪入れずに要は、いいよ、と答えた。目を開けていたらやりづらいだろう。さっさと閉じてしまう。真っ黒な視界の中、柔らかなものが唇に押し当てられて、離れた。

 呆気ないのに、唇にずっと、感覚が残り続けている。それは、もしかしたら、今もなお。

「じゃあな。受かってても駄目でも、ちゃんと連絡しろよ」

「ああ、わかってる」

 一度のキスだけで、二人は親友同士に戻った。

17話

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