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<6話
転校してきた風子に、両親がいないということは、割とすぐに広まっていた。
参観日のときに、ひとりだけ祖父母が来る。周りの母親たちに比べて年老いた自分を恥じることなく、風子の祖母は堂々と振る舞っていたし、風子も嬉しそうに手を振っていた。
手を繋いで家に帰る風子は嬉しそうで、両親はいなくとも、じゅうぶんに愛情を受けて育っていた。
風子のことが、少しだけうらやましかった。
うちのおばあちゃんだって優しい。母は勉強しろとか手伝えとか、弟と妹の面倒を見ろとうるさいけれど、祖母は初めての孫である私のことを、それはそれは可愛がってくれた。
内緒でお小遣いもくれるし、「ののちゃんはステキなお姉さんだねえ」と、手放しで褒めてくれる。
でも、祖母の家は飛行機の距離だ。年に何回も、会いに行けるわけじゃない。自分の絶対的な味方である祖母と一緒に暮らしている風子は、どんなに幸せだろうか。
しかし、天木家のあり方を肯定的に受け止めていた人間は、少なかった。
都会と田舎の中間、地方都市というイメージにドンピシャな私の住む街は、噂話が広まるスピードが速く、しかも信憑性をジャッジすることなく、信じ込んでしまう人が多い。
まさしくうちの母親が、そんな人だった。
「あんた、風子ちゃんと遊ぶのやめなさい」
いつしか、母は私にそんな風に命令をするようになっていた。
「クラス委員だからって、押しつけられてるんでしょ? お母さんから先生に言おうか?」
まったくもって、意味がわからなかった。
私が風子と一緒にいるのは、最初は確かに、先生に頼まれたからだったけど、そのときにはもう、違っていた。風子のことが放っておけないと心から感じたからこそ、世話を焼いていた。
それこそ、弟や妹よりもよっぽど、風子の方が手がかかる。下の二人は、少しくらい目を離したってどうってことないけれど、風子は一瞬の隙をついて、いなくなってしまう。まさしく風のように。
噂話は、親から巡って子どもたちの間にも広まる。
曰く、風子の両親は、結婚していなかったらしい。彼女の母親、つまりあの天木家のおばあちゃんたちの娘は、妻子ある男性を誘惑して、風子を身ごもった。
小学校四年生ともなれば、それなりの知識もあるし、倫理観だって備わっている。生まれた風子に罪はないとしても、ひそひそされるには十分なスキャンダルだった。
片親家庭の子は、他にもいた。でもそれは、親が亡くなったり、あるいはもうひとりの親が原因で、離婚したのだ。
風子の母親は、どこかの家庭を壊した。その末に生まれたのが、風子。
クラスの半分は自分の意志で風子を仲間はずれにしていたけれど、残りの半分は、親の言いつけだ。
ふしだらな(当時はこの言葉の意味もわからなかった)女の娘だ。あの子も似たようなものだろう。
特に、男子のお母さんたちは、風子には決して近づかないようにと言った。
うちの母親も、私を風子から遠ざけようとした。朱に交わればなんとやら、と、私が男遊びをするような人間にならないように。
馬鹿みたい。
母親がそうだからって、風子が成長して、男をたぶらかすようになるとは限らない。風子が男好きになって遊ぶようになったところで、私まで同じようになるなんて、馬鹿げている。
子どもの私にもわかることが、どうして親たちにはわからないんだろう。
大人になったら賢くなるとばかり思っていたが、実は馬鹿になるのかもしれない。
風子は変わっているけれど、いい子だ。四つ葉のクローバーを見つけたときは、心から嬉しそうに笑うし、しかもそれを、いくつもいくつもプレゼントしてくれるのだ。
ののちゃんが幸せになりますように、と。
そんな彼女のことを、見捨てるなんて私にはできない。
高校を選ぶときには、正直いって悩んだ。
自分の偏差値に見合った公立の進学校に行けば、風子とは確実に離れることになる。何せ風子は、勉強ができない。公立高校への進学は絶望的だった。
私を決心させたのは、やっぱり風子だった。
「高校生になっても、一緒に登下校しようね」
私と離ればなれになるとは、一ミリも考えていない笑顔を、私は裏切るわけにはいかなかった。母親と戦ってでも、守らなければならなかった。
そして実際、彼女と同じ高校に通うようになっても、まだ母は文句を言う。やっぱり大人はおろかだ。
そんな風なら、私は大人にはなりたくない。
>8話
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