<<はじめから読む!
<5話
「今日も天木んちに寄ってきたのか?」
放課後の私の行動を見てきたかのように言うが、中学からの習慣を知っているだけだ。
「そうだけど」
何か悪いことでも? という態度を崩さない私に、哲宏は深く溜息をついた。
「いい加減、天木離れしたらどうだ」
「はぁ?」
離れないのは、私の都合じゃない。風子がいつまで経っても成長しなくてあっちこっちフラフラするのが悪い。
高校生になってまで、真剣に四つ葉のクローバーを探して、入学式でさえ遅刻しそうになっているような子を、どうして放っておけるというのか。
何度も繰り返されたやりとりだった。小学校のときは、私と一緒になって風子のフォローに回ってくれる、優しい子だと思っていた。
私の幼なじみは、ほかの馬鹿な男子とは違うのよ。
なんて、密かに自慢だった。
なのに、中学二年生頃からだっただろうか。突然、私と風子を引き離そうとし始めた。
ちょうど同じ頃、哲宏はクラスの女子から急にモテ始めた。頭がよくて、クールでステキ。眼鏡なのがまた、グッとくる。そんな評価に、私は首を捻り続けている。
「野乃花は天木と近すぎるよ。このままだとあいつ、一人じゃ何にもできなくなるぞ」
「すでに何にもできてないわよ」
学校の行き帰りにも時間がかかる。忘れ物はしょっちゅう。友達とのトラブルも日常茶飯事。
そのすべての尻拭いをしているのは、誰だと思っているのだ。
哲宏は、眼鏡のレンズを拭いた。そのまま淡々と続ける。
「せめて、部活でもしたらどうだ? バレーボール、続ければよかっただろ」
中学では、生徒全員何らかの部活に入らなければならなかった。背の高さや運動神経の良さを買われてバレーボール部に所属していた。
当時は風子も生物部に所属していたので、帰りの時間まで待ってもらうことは比較的簡単だったが、高校は必修じゃない。
風子の家はあまり裕福じゃないから、私立の女子校に通う費用を工面するだけで精一杯。余計にお金のかかる部活なんて、できないのだ。
ただでさえ、普通クラスと特進クラスでは授業時間が違う。今以上に、ひとりで待たせていたら、勝手にどこかへ行ってしまうかもしれない。
バレーボール自体は、嫌いなわけじゃない。
大きく溜息をついた哲宏だが、溜息をつきたいのはこっちだ。
どうして誰も、わかってくれないんだろう。
可哀想な風子を助け、支える人間が、どうしても必要なのだ。家には祖父母がいるが、学校では、私しかいない。
風子を囲んで化粧をしていた同級生たちのことは、頭から追い出す。あんな風にルールを逸脱させる人間は、友達とは言わない。
悪の道へと風子を引きずりこもうとするのは、迷惑だ。
「あっ、そ」
ようやく諦めてくれた哲宏は、マンガを「綾斗に渡しといて」と置いていった。ちょうどそのとき、母が帰ってきた。
「哲宏くん。お留守番、ありがとうね。お母さんによろしく」
「いいえ。お邪魔しました」
二人のやりとりをよそに、私はどっかりとソファに腰を下ろした。制服姿のままでリビングにいる私を見咎めた母は、嫌そうな顔をする。
「ほら。あんた。いつまでも制服着てないで、着替えてらっしゃい」
黙って立ち上がった私の背後から、溜息とともに投げかけられたのは、独り言だ。私に聞かせようとして、大きな声になる。
「まったく……哲宏くんと同じ高校に行ってたらよかったのに」
二階へと駆け上がり、自室のドアとともに雑音をシャットアウトする。
母の本音は、少し違う。
哲宏と同じ学校、偏差値の高い学校に行ってほしかったというわけじゃない。
母はこれ以上、風子と一緒にいてほしくないのだ。
>7話
コメント