愛は痛みを伴いますか?(37)

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36話

 病院には、正々堂々正面から入った。受付で、早川は誰かを呼び出した。やって来たのは、背の高いハンサムな医者で、白衣よりもタキシードがよく似合いそうだった。

「本当に来たのか、早川」

「可愛い甥のためだぞ。来るに決まってる」

 もともと早川は、この親族会議の現場を押さえて、何事かを起こそうとしていた。雪彦はあくまでもおまけである。

「して、こちらは?」

 男に視線を向けられて、ぺこりと頭を下げた。自己紹介をする前に、早川によって勝手に紹介される。

「幹也のパートナーだそうだ」

 あっさりと幹也との関係性をバラされる。パートナーという言葉それ自体に、特別な意味は存在しない。相棒、相手。その程度だ。

 けれど人は、そこに含まれるニュアンスを、敏感に読み取ってしまう。そわそわする雪彦とは対照的に、「なーるほどー」と、ハンサム医師は一人で納得していた。

「柳です。よろしくお願いします」

「鶴見だ。よろしく」

 鶴見はその長い脚で、大股に歩く。大きな病院の医者は忙しく、早歩きになるというが、なるほどその通りだと思った。早川と二人で歩いているときよりも、ペースアップを迫られる。

 関係者以外立ち入り禁止の先にあるエレベーターに乗る。

「会議はどこまで進んでいるかわかるか?」

「さぁ。そこまでは。重役会議のときに使われる部屋って、防音完璧なんだよね」

 ここまでお膳立てして協力してくれた鶴見に対して、早川は「役立たず」と辛辣に吐き捨てた。恩人に向かっての暴言に、雪彦はハラハラするが、当の本人は気にしていない。さすが早川の長年の友人といったところだ。

 エレベーターを降りて、右の最奥へ。雪彦は扉に耳をつけてみたが、鶴見の言う通り、防音がしっかりしていて、中からの声は聞こえなかった。

 鶴見が「しいっ」と人差し指を立てて合図を送ってから、静かに扉を開けた。その途端、怒鳴り声が聞こえた。

「試験を受けないような奴に、この病院を継ぐ資格はない!」

 室内にいる人物の中で、唯一雪彦が、声とともに姿かたちを認識している男が、ふんぞり返って弟を糾弾していた。思わず拳を握るが、「まだ待て」と早川に止められる。ただ覗き見することしかできない己が身に歯噛みしながら、雪彦は会議の行く末を見守った。

 幹也の兄の言葉に、病院の経営陣はきっぱりと二つに割れた。

 優秀な次男として名高い幹也の突然の乱心に、戸惑い目を合わせる人々。

 長男の言葉に追従し、幹也を後継者候補から外すべきだと声高に主張する人々。

「首席で合格したことにあぐらをかき、試験で落第することになるとは……いやはや、これは息子の資質を見抜けなかった院長の責任問題にもなるのではありませんかね?」

 鶴見が「外科部長だ」と耳打ちした男は、兄と事前に打ち合わせをしていたのだろう。こっそりと目配せをして、お互いに合図を送り合っている。

「そうだ! 親父も親父だ!」

 おそらく、彼らのシナリオはこうだろう。

 幹也の成績について取り上げて、父親の進退問題にまで発展させる。院長の座から引きずり下ろすまではいかなくとも、権力を削ぐことができればいい。一族経営で成り立っているくずの葉総合病院にとって、後継の育成は何よりも優先される。父は幹也を跡取りに、と密かに考えていたようだが、優秀な次男という大前提が覆った今、指導能力に問題があると見なされる。

 院長の権力が衰えたところを、外科部長が掌握する。そして今は雪彦たちの大学の附属病院にいる兄を呼び戻し、院長に挿げ替えればいい。兄自身は自覚していないだろうが、彼は傀儡に過ぎない。

「何を馬鹿なこと言っている。だいたいお前が、五浪もした上に、外科医になれなかったのが悪いんだろうが。眼科風情でこの病院の院長になろうなど、片腹痛いわ」

 これにムッとしているのは、眼科医を始め、外科や内科以外の専門医に違いない。同じ病院に勤めているというのに、院長自ら差別的な発言をするのは、いただけない。

「これがくずの葉総合病院の現在だよ。もう潰れちゃってもいいと思わないか?」

 鶴見の囁き声は、よく聞かなければわからないほど、怒りに小さく揺らめいていた。彼が雪彦たちに協力してくれているのは、院長ら上層部への憤りによるものだった。

 喧噪の中、幹也を探す。学生とはいえ、院長の息子だ。上座に座らされた彼は、俯き沈黙を保っていた。細く開けた扉の隙間から、表情を読み取ることはできない。

38話

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