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<【18】
「ねぇ、ちょっと」
名前すら呼ばないあたり、不機嫌さが丸出しだ。自分の機嫌は自分で取れって、昨今よく言われているが、実践する気は皆無だ。
気分が悪いのは全部、誰かのせい、僕のせい。
焦らしはさらなる激高を生む可能性があるため、諦めて振り返る。
せめて、教室にたどり着くまで待てなかったかな。
「どうしたの、濱屋さん」
僕のことが気に入らないのに、どうして話しかけるの。
彼女は周囲を注意深くうかがった。そんなに僕といるところを見られるのが嫌なら、人の少ない時間にするとか、考えればいいのに。無策のまま行動に移して、困るのは自分の方なのに。
少々辛辣になるのは、美空の方が大事だからだった。
篤久に恋愛相談をもちかけられたときは、「濱屋さん、可愛いもんなぁ」と思った。あのときは僕も、ほんのりと美希に憧れていた。
しかし、美空の存在を知った今、彼女とは似て非なる美希のことは、割とどうでもよくなっていた。
「あんた、病院であの子に会ってるって……」
ああ、この間、両親に会ったときに口止めするのを忘れていた。
舌打ちをしそうになる。美希が親の仇を射殺しそうな目で、こちらを見ている。あまり刺激するものではない。野生の勘が、そう訴えている。
美少女と名高い美希に、こんな顔を向けられるのも、自分くらいじゃないか。
ギラギラと粘つく視線には、憎しみがこもっているような気がする。手負いの獣の眼だ。相対するものすべては敵で、ほんのわずかに怯えも混じっている。
僕はなるべく淡々と聞こえるように、言葉を紡いだ。
「学校で話をするなとしか、言われていないから」
だから、病院で僕が誰と交流しようが自由だし、美空も同じだ。姉妹だからといって、美希にどうこう言われる筋合いはない。
ここで声が震えたら、つけいる隙を与えることになる。罪悪感を抱いていると勘違いされては困る。
「個人で仲良くするしないは、君には関係ない」
正論で追い打ちをかけた。案の定美希は、歯噛みして悔しがっている。他人をコントロールできるものではないと、知っているのだ。
「それだけなら僕はもう教室行くけど……濱屋さん」
「……なによ」
ぎゅっと握りしめた拳。丸まった背中。ちっぽけな彼女。
「どうしてそんなに、美空さんのことが嫌いなの」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。彼女は顔を上げ、目を見開いていた。絞り出した声は、低くて小さい。
「あいつは、最低最悪な奴よ」
そういう彼女の方こそ、醜悪極まりない顔をしている。
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