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<【19】
病院へ行こうとした僕のもとに、着信があった。相手を見て、バスに乗る前でよかったと思う。
電話に出なかったら、機嫌を損なうことになる。そうなれば、今度電話をくれるのは、いつになることか。
以前、怒らせて、長期間連絡が来なかったときは、姉が倒れているのではないかと、やきもきした。
最近は、美空の見舞いや糸屋の監視で忙しく、あまり気に留めていなかった。
「もしもし、姉さん?」
くぐもった声で応答があった。目の前の車道を走る車の音にかき消されてしまうくらいの小さな声に、何度か聞き直したところで、要領を得なかった。
ここで勝手に「切るよ? いい?」とやってしまえば、姉はいじけてしまう。女子というのは、えてして扱いが難しいものだ。
そう思い出すのは、美希のことだった。
同じ顔をした双子の姉妹のことを、「最低最悪」と罵るその心の内は、いかほどか。
他のことを考えていることは、なぜか電波を通じて姉にすべて伝わってしまう。
紡、何考えてるの。
さっきまで不明瞭だったのに、やけにはっきりと届く声。
導火線に火がつく限界まできていることを察して、僕はとっさに、
「リボンをもらうなら、何色がいい?」
と、最近頭の中から離れない問題のアドバイスを求めた。
リボン? なんのために?
「そりゃ……髪をまとめたり、とかさ」
そんな古風なこと、イマドキしないわよ。
女ってリボンやフリルが好きなんじゃないのか? 美空はいつも、お姫様みたいなパジャマを着ているし。
美空は、僕が遊びに来てくれるだけでいいと言う。実際、病室に持っていける見舞いの品は、たかが知れている。病人に、自分の勝手で食べさせるわけにもいかない。
これが篤久だったら、毎週週刊少年ジャンプを手渡せば、事足りる。女の子へのプレゼントって、難しい。
僕の頭を最近支配しているのは、美空への見舞いだけだ。
糸屋にいるときも、何かあげたいなあ、という気持ちでいた。僕の目に入ったのは、色とりどりのリボンだった。柄がついていたり、キラキラしていたり、唯一店の中で楽しいアイテムである。
美空は基本的に、いつも長い髪を下ろしている。ベッドの上で過ごす時間がほとんどだから仕方ないだろうが、もったいないなあ、と、常々感じていた。
顔がそっくりな美希は、学校によく、派手なヘアアクセサリーをつけてやってくる。校則はゆるいから、注意はされない。
先生も、「今日もキラキラだなあ」と、やんわりと授業前に言うだけだ。怒っているわけじゃない。
髪を結んだときのうなじや、ちょろりと垂れる後れ毛は、ときにセクシーで、入学したての頃の僕の目を惹きつけた。
美空のそんな姿も、見てみたい。
きれいなリボンを贈ったら、その場で髪をまとめてくれるだろうか。
「まぁ、どうでもいいじゃん。何色?」
姉はしばらく考えた末に、赤、と応えた。
その心は、運命の赤い糸みたいでしょう、だった。
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