<<はじめから読む!
<16話
何度かの挫折を経て、日高がようやく最初の一冊を読み終えたのは、二週間後のことだった。
読書家の親友ならば、一日どころか一時間で読了してしまうかもしれないが、初めてまじめに読書に取り組んだ日高にとっては、読了しただけで快挙といってもいいだろう。
ここまでの道のりは、並大抵のことではなかった。幾度もの寝落ち、しおりの挟み忘れを繰り返した。さして多くはない登場人物が把握できずに、メモを取りながら読んだ。
ようやく慣れて、最後の二十ページは一気に読み切った。そこまでの物語も、頭の中に蘇ってくるというのは、初めての体験だった。
奇しくも、日高が選んだ文庫本は、家族のいない少年が主人公だった。
物心ついたときから孤児院で暮らしていた彼が、小学校最後の夏休みに、自身のルーツを探るべくひとり旅をする。
少年が出会うのは、優しい人ばかりではない。騙そうとしてくる悪い大人。困っているのをスルーして歩き続ける人の群れ。
現実の世界と同じだ。でも、親切に助けてくれる人、一緒に困難を歩んでくれる人もいた。
日高にとっての早見のように。
いつしか、主人公に自分自身を重ね合わせていた。結局、彼は家族を見つけられなかった。旅の目的からすれば、ハッピーエンドとは言いがたい。けれど、日高はこの結末でいいと思った。
見つけたところで、主人公が幸せになれるとは限らない。子どもを捨てて、一度も姿を現さない親なんて、どう控えめに見積もってもクズだ。
大切なのは、旅を通じて知り合った人たちとの絆。それから、少年自身の成長だ。
もしも早見の傍を離れ、元の世界に戻ることになったとき、自分はどれくらい、成長しているだろうか。
読書の余韻に茫然としていると、扉を叩かれた。こっそりと目元を拭って、日高は「はい!」と、元気さをアピールする。
「調子でも悪いのか? と思ったが……」
心配そうな早見に、はっとして時計を見た。すでに昼の二時である。時間経過に気づいた途端、ぎゅるる、と腹が音を立てた。
「わーっ! ごめんなさい! お昼ご飯!」
朝と昼は、冷凍食品や作り置きをなるべく消費せず、日高が軽食を用意するようになっていた。
独り暮らしのときは、なかなかやる気にならず、半額になった惣菜を買ってばかりだった。
けれど、こちらに来てからは、早見が黙々と食べてくれるのを見るのが好きで、張り切っていた。
たまに視線に気づいて、黙っているのがよくないと思ったのか、「これが美味い。また作ってくれ」という感想まで述べてくれる。嬉しい気遣いである。
慌ててキッチンに向かおうとした日高の手首を、早見が掴む。
>18話
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