高嶺のガワオタ(2)

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ライト文芸

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 リビングダイニングに落ち着いた飛天は、朝食に箸を伸ばしながら、母親の不在について聞いた。父は仕事だろうが、母がこの時間帯にいないのは、買い物か何かだろうか。

 水魚は呆れて物も言えないという風に、飛天の顔をじっと見る。その視線と真っ向から向き合うことは苦痛で、飛天はすぐに視線を逸らしてしまった。

 妹が恐ろしいわけではない。そりゃ、遠慮のなさでいえば何をしてくるかわからない相手だが、親兄弟であろうとも、飛天は他人の視線が怖い。怖くなってしまった。

 その理由を正確に把握している妹は、大きく溜息をつく。それでも何も言わずに、スマートフォンに目を落としながら、飛天の質問に応えた。

「母さん、パート始めたって言ってたでしょ? 今日、初日出勤」

「ああ……そんなこと、言ってたっけ……」

 物心ついたときから専業主婦だった母が、急に働きにでかける。びっくりするニュースのはずだが、飛天は聞き流していた。

 なんで? と理由を尋ねてしまえば、母を余計に困らせる。彼女が働くことにした理由など、考えてみれば一つしかない。

「ほら、食べちゃってよ。片付かないでしょ」

 母以上に母親らしく、水魚は口うるさい。

「いいよ。俺が洗うから。つかお前、大学は?」

「お兄ちゃんの皿洗い、中途半端だから二度手間。大学は一限休講」

 水魚は律儀に両方に応える。なんだかんだいって、彼女は飛天との会話を嫌がらない。家族が全員そろうことの多い夕食時には、水魚をクッションに挟まないと、両親とのコミュニケーションが成り立たないくらいだった。

「ふーん」

 休講という言葉にピンと来ない飛天は、味噌汁を飲みながら生返事だ。

「こないだも昼に学校行ってなかったっけ?」

 大学に通ったことがないのでわからないが、そんなにポンポンと授業が休みになるものだろうか。

「こないだって火曜日でしょ。火曜日は最初から、午後からにしてあるの!」

 スマホから手を離し、水魚はメイクをし始めた。高校までは真面目で、常にすっぴん、制服は風紀委員の鑑といった雰囲気だった。

 チャラチャラした兄の商売をあまり快く思ってはいなかったようで、ギクシャクした時期も長かった。

 飛天が挫折して、家から出なくなったのと、水魚が変わり始めたのは、ほぼ同時期だった。閉じこもりがちな兄に代わって、妹はどんどん外の世界へ出ていった。

 その象徴がメイクのように見えて、途端に水魚が眩しく思える。飛天はぼんやりと妹の姿を眺めた。

 完成しつつある化粧を見ていると、水魚が自分に似ていることに、飛天は気づく。周りから地味だ地味だと言われ続けていた水魚だったが、どうやら自分も、彼女のことを見誤っていた……いや、見下げていたようだ。

 華やかな兄と、対照的な妹。比べられて、自分は調子に乗っていたけれど、水魚はずっと耐えてきた。

 彼女が主役の誕生会ですら、招待された友人たちは、飛天に夢中になった。

 ないがしろにされた水魚は、あのときどう思っていたんだろうか。今更尋ねたところで、「お兄ちゃん、頭大丈夫?」と鼻で笑われるだけだろう。

 しかしよくもまあ、そんな兄と今でも普通に会話ができるものだと感心する。飛天が水魚の立場だったら、それこそゴミのように扱って、自分の惨めさを痛感させるのに。

「手、止まってるよ」

 マスカラとアイラインで強調された目が鋭い。飛天が慌てて白飯を掻き込むと、満足そうに頷いた。

3話

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