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<6話
理系の先生が見つかった、と嬉々としたメッセージが届いたのは、三日後のことだった。兄の友人のそのまた友人が引き受けてくれるらしい。面識はあるのか、と聞くと、
「兄ちゃんの友達は幼なじみだから俺もよく知ってるんだけど、実際教えてくれるのは全然知らない人」
と言う。しかし光希は実の兄よりもその幼なじみの友人の方を信頼しているようで、「あの人の友達なら間違いない」と思っている様子だった。
まったく知らない相手をいきなり部屋に招き入れるのも怖かったので、まずは四人で外で会うことを提案した。残念ながら心強い味方の譲は一日中バイトが入っている日で、来ることができない。
実験で忙しい相手のために、四人は学生食堂で落ち合うことになった。日曜の昼間は開いている一食は、サークル活動で大学に来ている人間で賑わっていた。
そんな中で、恭弥は胃のキリキリとした痛みに唸り声をあげた。
「大丈夫? 御幸さん」
「う、うん……たぶん」
気遣う声音に顔を上げるが、光希の表情は意外にも明るかった。にこにこと笑って見つめてくるのが気になって、
「なんで笑ってんの? 僕がこんなに苦しんでるのにっ」
と、大人げなく文句を言う。そうすると光希はごめんなさい、と口では言うけれども表情はにやけたままだ。
「御幸さんでも、人見知りするんだなぁって思って」
御幸さん「でも」。国語の力がまだ足りないのか、恭弥がどれだけ緊張を強いられてるのか光希はにわからない。
「だってそんなにきれいで可愛かったら、嫌われたりすることってほとんどないでしょ?」
胃の痛みはしん、と収まった。代わりに苦い塊を飲み下し、喉の奥に詰まっているような気分になる。
嫌われることなんてほとんどない? それは嘘だ。
「でも人見知りして、嫌われるの怖がってる御幸さんの方が、いい人っぽくて好きですよ」
「……言っとくけど僕、性格悪いことで有名だよ?」
「性格の悪い人は、無理難題押し付けておいてそのまま放置するでしょ? 御幸さんは責任感のある大人ですよ」
光希に信頼されるような、立派な人間ではないことは恭弥自身がよくわかっている。付き合ってやると見せかけて実際には、初恋を振り切ることができていない自分は、光希を騙している。
何を言えばいいのかわからずに黙っていると、入口を見ていた光希が「あ、来た来た」と手を振った。その先に視線をやって、恭弥は思わず「げ」と零した。
「やっくん! 今日はありがとう」
「可愛い弟分の一大事だからな。敏之が頼りになんねぇ分、俺が力になってやんないとな」
光希の頭をぽんぽんと撫でているが、その実目の前の男は光希と、そして恭弥とほとんど身長が変わらない。
「あ、この人が俺の勉強見てくれてる、御幸恭弥さん。御幸さん、この人が……」
「紹介はいいよ。よーく、知ってっから。なぁ? 御幸恭弥?」
にや、という嫌な笑い方は、その童顔には似合わない。「知り合い?」と聞かれても答えることができなかった。
「神崎……先輩」
表情筋が引きつる。上手に笑うことができずに、光希が不思議そうな顔をしている。
まさか光希と神崎靖男が知り合いだとは想定していなかった。神崎は恭弥にとっては天敵としか表現できない。
この男がいなければ、自分の言葉に従って身を引いていてくれたのなら、穏やかに遠くから千尋を見守っているだけで恭弥は十分幸せだったのだ。
「やっくん。それで、理科の先生って……」
「ああ。まだ実験やってるみたいでな。先に食堂で食っててくれって」
そうだ。理系科目を光希に叩き込んでくれる人間は、この男の紹介だった。
――ちょっと待てよ。
神崎の知り合いの理系。一人思い当たる顔があった。いや、まさか。神崎は学園祭実行委員をしたりして、顔が広いようだし、まして彼を恭弥の家に派遣するなんて、信じがたい。
しかし学食に遅れて姿を現したのは、恭弥の脳裏に浮かんだたった一人の彼だった。
>8話
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