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<13話
大学生活最後の夏は、じりじりと過ぎて行く。飛鳥は寮に戻ってくる気配がないし、メッセージにも返信はない。
帰ってこないのは、仕方がない。涼しい地元から戻ってきた東京は地獄だ。アルバイトやサークルなどの事情がない限り、祥郎だって地元に引きこもっていたいと思う。
実家にいたところで、スマートフォンを弄ることはできるはずだ。一切返事がないのは、何か思うことがあるに違いない。
飛鳥の気持ちが、まるで見えない。直接顔を合わせたら、彼の目から何かがわかるかもしれないのに。
盆には祥郎も帰省した。よっぽど飛鳥の地元まで行ってやろうかと思ったが、市町村レベルでしか彼の実家の住所を知らなかった。
そもそも北海道内は遠すぎて、短い祥郎の帰省期間中に行くのは、やや難があった。
一週間あまりの滞在に、母親は「短い」と文句を言った。就職したら、なかなか帰ってこられないでしょ、とぶつぶつ言っていたが、祥郎は早々に寮に戻った。
熱気あふれる東京に戻ってきたのは、祥郎の方が先だった。昭島はすでに帰寮していたが、飛鳥はまだだ。また悶々と過ごす日々が始まる。
外出先から帰る度、祥郎は在寮プレートをじっと睨みつけるようにして、チェックをした。一日に何度も玄関に行くのを見られ、後輩に首を傾げられた。
そして、いつしか月が変わっていた。
飛鳥の通う大学は、十月から新学期だ。暑気を避けて、ギリギリまで帰ってこないつもりでいるのかもしれない。
久しぶりに雨が降った日、バイト帰りの祥郎は、いつもどおり在寮プレートを確認した。
期待していなかったが、「時任飛鳥」の名札が、赤になっているので、二度見してしまった。
(帰ってきてる!)
慌てて靴を脱ぎ捨てると、すんでのところで転びそうになった。なんとか踏ん張って、スリッパに履き替える。
そのままダッシュしようとしたが、寮長自ら、靴を出しっぱなしにするのはよくない。下駄箱にスニーカーをしまうのも、もどかしかった。
直行したのは、飛鳥の部屋だ。
「時任?」
ノックをするが、反応はない。鍵もかかっている。飛行機による移動に疲れて、眠っているのだろうか。
待っていても仕方がない。祥郎は部屋の前を立ち去った。他の場所にいる可能性もある。
次に向かったのは、談話室だ。飛鳥がいなったとしても、誰かが彼のことを、知っているかもしれない。
きょろきょろと見回すが、談笑している寮生たちの中に、飛鳥の姿はなかった。
「坂城先輩、どうしたんすか?」
明らかに人探しをしている祥郎に気づいた後輩が、話しかけてきた。
祥郎は、焦っている自分を見せたくなくて、ややもったいぶって、「いや……時任に用事があって。部屋にいないみたいなんだけど」と、言った。
飛鳥の名前を聞いた瞬間、後輩は微妙な表情になった。あちゃ~、というか、間が悪い、というか。とにかく、微妙な顔としかいいようがない。
「どこにいるのか、知ってるのか?」
タイミング悪く、コンビニにでも出かけているなどの理由であれば、この後輩は、何の屈託もなくその旨を告げるだろう。
(これは、何かある)
あまりよくない、何かが。
祥郎は、「知ってるなら教えてくれないか?」と、やや強めに、一歩彼と距離を詰めながら回答を迫った。
不明瞭な唸り声を上げた後輩は、一言、「……昭島先輩といるのを見ました」と言った。
それだけで十分だった。
祥郎はすぐさま踵を返した。昭島の部屋に向かう道中で、そういえば後輩に礼を言ったっけ? ということに思い当たる。
そのくらい、急いでいた。
『本当に、俺がもらっちゃうからね』
夏休み中の進展がゼロだったのは、飛鳥の不在と祥郎の様子を見ていれば、昭島にはすぐにわかっただろう。
発破をかけるための言葉だったとは思うが、痺れを切らして、有言実行に移したとしたら。
祥郎の脳内では、うっとりとした表情で、昭島の胸にもたれかかる飛鳥の姿が、鮮明に映し出される。昭島の憎たらしい笑顔も思い浮かんだ。
イライラするのと、心配なのと、両方の気持ちで心臓が嫌な感じで脈打って、喉から出そうだ。
談話室から昭島の部屋まで、たいした距離ではないのに、いつまで経っても辿り着かないような気がした。
「時任!」
昭島の部屋の前に着くやいなや、祥郎はノックの手間を惜しみ、いきなり開けた。
勢いがよすぎて、壁にぶつかって音を立てる。廊下を歩いている寮生が、「なんだなんだ」と見物に来るくらいだった。
飛鳥は、昭島のベッドの上に座っていた。想像の中とは違い、二人の間の距離は離れていて、密着はしていなかった。
一瞬ほっとした祥郎だったが、飛鳥の手を昭島が握っているのを見て、思わずカッとなった。
怒涛の速さで近づいて、昭島の手を強く振り払った。
「昭島。何してんだ」
「そりゃあ、坂城が何にもしてないみたいだから」
てへ、とかわい子ぶっている昭島の肩を力いっぱいどついたが、彼の口調やジェスチャーから、本気ではないことがわかった。
「できるわけないだろ。ずっとこいつ、地元に帰ってたんだから。な?」
話を振った先の飛鳥は、眼鏡の奥の目を、きょとんとさせて成り行きを傍観していた。当事者であるという意識が足りない。
はぁ、と溜息をつくと、昭島はけらけらと声を上げて楽しそうに笑った。
「えっと……どういうことですか?」
首を傾げた飛鳥の肩を、昭島はぽんぽんと叩く。
「ま。ようやく報われるってことだよ。飛鳥ちゃん」
「飛鳥ちゃんって呼ぶな」
ギロリと睨みつけると、昭島は「おお怖」と昭島はコミカルに身体を震わせた。
「言っておくけど、飛鳥ちゃんとはコイバナしてただけだかんね~、コイバナ」
「誰が信じるか」
「ひでぇ。俺たち友達なのに……」
そう撃沈した昭島だったが、「ま、ちゃんと話せよな」と笑って二人を送り出した。
>15話
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