断頭台の友よ(26)

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25話

 夜遅い時間までかかって、翌朝の診療の準備を終えたクレマンは、そっと寝室へと入った。朝早くから家事に勤しむ妻には、先に眠るように言ってある。灯りはすでに消えていて、今日はちょうど新月。月明かりも何もない寝室は真っ暗な闇に覆われていて、まるでこの部屋が、死の国のようであった。

 音を立てずに侵入し、ベッドに入る。傍らのブリジットを起こさないようにじゅうぶん注意したつもりだったが、微かな揺れのせいか、彼女は小さな呻き声とともに、目を覚ました。

「ごめん。起こした?」

「いいえ……なかなか寝つけなかったんです」

 クレマンのせいではないと言いながら、寝室に入ってきたばかりのクレマンよりも夜目に慣れたブリジットは、腕を掴み、身体を擦り寄せてくる。

「ブリジット……明日、薬を煎じようか?」

「そんな。あなたの方がよほど、忙しいのに。私のことなど気を遣わないでください」

 夫が捜査と治療院での患者対応の合間に、囚人の尋問や刑の執行まで行っていることを知っているブリジットは、クレマンの体調を第一に気遣う。大丈夫だよ、と声に笑みを含ませるが、疲労の色の方が濃く聞こえてしまったのか、ブリジットはおずおずとクレマンを優しく抱き包んだ。

 滅多にない妻からの積極的な触れ合いに、クレマンは力を抜いた。年上の夫を甲斐甲斐しく甘やかそうと頑張るブリジットのことが、可愛くて仕方がない。

 ようやく闇に慣れてきた目を凝らし、クレマンは彼女の額にキスを贈った。子供みたいなやり取りを、ブリジットが物足りないと感じてることには、気づきながらも知らない態度を取り続ける。

 先日オズヴァルトに言われたことを思い出す。

 亡くなったイヴォンヌは、自分たち夫婦に憧れを抱いていた。理想の夫婦像を見出していたのだ、と。

 だが、彼らは知らないのだ。自分たちが本当の夫婦には、いまだなれないままであることを。

 問題は、クレマンの側にある。肉体の生理的な反応ではない。心理的な障壁である。

 ブリジットと自分の間の子供は、この世に産声を上げたその瞬間、運命が決まる。男であれば自らが処刑人に、女であれば処刑人の妻に。それ以外の未来は、ない。クレマンやブリジットがそうであったように。

 この世界は身分に縛られていて、貴族の子供はそのまま父の爵位を受け継ぐし、オズヴァルトのような商人の子供は、商売を行う。だが、ある程度の自由はある。領地経営で、何を目標とするかは人それぞれだろう。商売だって、親のしていることをそっくり受け継ぐ人間もいれば、一念発起して自分の手で新しいことを始める人間もいる。そうやって、人は営みを発展させ続け、今日に至っている。

 なのに処刑人の子供は、命令によって首を刎ねることしか許されていない。人を殺したいと望んだことは、一度たりともないのに。

 クレマンは、我が子に呪われた運命を引き継がせるのが、恐ろしかった。子を作らねば、歴史あるムッシュウ・ド・バラーゾの世襲が途絶えることになるが、子供を強く、歪まぬように育てることができるとは、到底思えなかった。

 村人たちの子は可愛いと思う。性的な欲求がないわけではない。今だって、理性を総動員しながら、ブリジットの身体を抱き寄せているのだ。

 しばらく沈黙をしたのち、ブリジットは細い溜息とともに、言った。

「私のだけではなく、自分の分もお作りくださいね。あなたも、あんまり眠れていらっしゃらないのですから」

「ああ」

 返事をしたが、クレマンは昔から、自分の調合した薬は一通り試していた。結果、眠り薬に限らず、様々な薬品が効きにくい身体になってしまっている。心配させるだけなので、ブリジットには話していない。風邪を引いたときも、熱さましや鼻水を止める薬を薬棚から取り出して飲みはするものの、自前の回復力だけで毎回治している。

 眠り薬は、各人で効き目が違い、効きすぎるのも問題があるので、症状を見て、量や中身を調節している。ブリジット用のものは、精神を落ち着かせる作用のある木の実をすり潰して入れる。

 ああ、そうだ。自分のものを作る代わりに、オズヴァルトに作って持っていってやろう。もともと彼は睡眠時間が短い。最近は気が昂っていつも以上に眠りが浅くなっているだろう。何をどのくらい、どういう手順で配合していくのか、頭の中で復習しているうちに、クレマンのもとにも眠りが訪れた。

27話

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