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<24話
「でも、これまでよりも一歩踏み込んだところまで話を聞けそうな人と親しくなったんだ。今日も彼女と会うから、これから先に期待してほしい」
広く浅くから、狭く深くに的を絞って聴取をする作戦に切り替えたオズヴァルトの捜査勘のようなものに感心していたクレマンだったが、ある一点に引っかかり、聞き返した。
「待ってくれ。今、彼女って?」
空耳であってほしいと思ったクレマンだったが、オズヴァルトは何か問題でもあるのかという顔で、頷くだけだった。よくよく話を聞いてみれば、彼の話す「彼女」というのは、犯行初期に殺害された男の婚約者だった女性だという。
現在は他家に嫁いでおり、しかも元々の嫁ぎ先よりも裕福な家だったものだから、被害者には何の未練もなく、ぺらぺらといろいろなことを喋ってくれそうだから、と、その女性に集中する理由を屈託なく述べるのだが、クレマンには信じられなかった。
「だって、その、イヴォンヌのことは……?」
彼女が亡くなってから、まだひと月も経っていない。バロー邸はまだ悲しみに包まれたまま服喪しており、商売も現状、止まってしまっている。マイユ商会は縁続きになるはずだったバロー商会を手助けしている。本来なら、オズヴァルトも彼女の死を悼んで祈るべきなのだ。
なのに、クレマンの助手を務めるという理由で積極的に夜会に参加するだけではなく、若い女性と親しく付き合うとなると、軽蔑の目を向ける人々も多くなるだろう。妙にソワソワしているのは、その女性との逢瀬が待ち遠しいからなのか?
クレマンから向けられる疑いの眼を、オズヴァルトは笑顔で躱した。
「彼女は既婚者。俺は婚約者を亡くしたばかりで傷心している男。それ以上でもそれ以下でもないさ」
「でも、君やその人がやましいことなど何もないと言ったとしても、周りはあれこれ言ってくるだろう?」
それこそ言わせておけばいい。オズヴァルトは切って捨てた。
「誓って、恋愛感情は抱いていない。我々はそう、同じ体験を共有する同志なんだ。僕の気持ちを真に分かりうるのは、クレマン、君じゃない。彼女なんだ」
「オズヴァルト……」
途端に、自分たちの間に透明な壁ができたように感じた。どれほどオズヴァルトのことを案じたとしても、クレマンには妻がいる。生きている。今、こうして捜査を続けている間も、自分の身を心配し、帰りを待っていてくれる人がいる。
「君とブリジットに、イヴォンヌは憧れていたよ」
クレマンたちがオズヴァルトの婚約者に会ったのは、彼らの婚約披露の場だけだ。それも、とてもわずかな時間。主役は多くの招待客と顔を合わせなければならず、婿側の友人だとはいえ、長い間歓談することは叶わなかった。
ブリジットは多少目を引く美人だが、クレマンは彼女と釣り合う美貌の持ち主ではないし、美しさでいえば、イヴォンヌ本人の方が、有名な絵師に肖像画を描かせてほしいと逆に依頼をされるほどの美女であった。
憧れられる要素などないと、正直な驚きを伝えると、オズヴァルトは苦笑した。
「別に、美男美女だけが理想の夫婦像ではないさ。君たちと会話を交わしている間に、お互いのことを大事に想っているところに、感銘を受けたそうだよ」
オズヴァルトはそう言って、目を曇らせた。
「……俺相手では、彼女の望む夫婦関係は、望めなかっただろうけれど」
「オズ」
婚約者よりも、その父と商売の話をする機会の方が多かった。泊まりにいっても、おやすみのキスひとつ許さず、ネグリジェ姿を一切見せない。貞淑を通り越して、拒絶されている。それでもオズヴァルトは、イヴォンヌを幸せにすると誓った。バロー商会をもっと大きくして、王都で一番の卸商のおかみという立場を与え、困窮することのない生活を保障するつもりでいた。イヴォンヌが望んでいた幸福とは、ずれていたことに気づいたのは、彼女を失ってから。
「まあ、詳しい話を聞くために、そういう振りをする可能性はあるが、俺にその気はないよ」
「わかった」
そこまで言うのならば、信じよう。オズヴァルト自身と、イヴォンヌへの愛情。それから、彼が今から会って話をする女性のことを。
クレマンの淹れた茶を飲み干して、オズヴァルトは席を立った。
>26話
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