ろうそくを吹き消したら(4)

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3話

 参加者は各自に割り当てられた部屋に一度戻ったが、勝弘たちスタッフは、そうはいかない。

 テーブルセッティングに始まり、ケータリングで届いた食事を温め、盛り付けるという仕事がある。

 ピザにオードブル、ローストビーフ。デザートにはケーキとフルーツなどがあり、豪華なラインナップだ。

 スタッフも後で、同じものを食べることができるので、勝弘はそれを楽しみにせっせと働いていた。

「井岡さーん。こっちはいいから、廊下に置いてある花、適当に花瓶に活けちゃって!」

「えっ。俺がでいいの?」

「いいのいいの。私、センス皆無だし。てか、どうせ誰もちゃんと見ないんだから、一応しっかり活けてますよってのが伝わればいいんじゃない?」

「ならいいけど。じゃ、ちょっと行ってきますわ」

 スタッフも合コン気分だったらどうしようという心配は、杞憂だった。同じアルバイトの若山は、仕事をこなして給料をもらうことしか考えていない、サバサバした女だ。

 彼女の言葉に従って廊下に出る。花の入ったバケツが置いてある。たった二泊三日のイベントなのに、生花を使用する辺り、会社の本気度が見える。

 花瓶も隣にいくつか置いてあった。思ったよりも量が多い。これは真面目に活けていたら、時間がかかりそうだ。手早く取りかかってしまおう。

 そう思い、バケツと花瓶を手にしようとした勝弘の耳に、甘ったるく、べとべとした声が届いた。

 女の声だ。

 ここは男性用のコテージだが、きっと意中の男にアタックしに来たのだろう。何ら不思議はない。

 さっさとリビングに戻ろうとした勝弘を、その場に縫い留めたのは、女の呼びかけであった。

「ねぇねぇ、白坂くん。今夜の肝試しなんだけど、私と一緒に回らない?」

 ぐりん、と勝弘は振り向いた。女性の顔しか見えず、直樹はこちらに背を向けている。

 女性ははにかむような微笑を浮かべていて、直樹に夢中だ。覗き見状態の勝弘には、気づかない。

 彼が中学生の頃から、やたらと女性に好意を寄せられることを、知っていた。当時から彼は美少年で、老若男女問わずアプローチをされ、辟易としていたのを覚えている。

 まだ枯れるには早いだろ、と笑ったのは、昨日のことのようだ。笑いごとじゃないです、と唇を尖らせる彼の顔も。

 実際、アピールされている光景を目の当たりにするのは初めてだった。直樹も十九歳だから、自分で対処はできるだろう。

 万が一、トラブルになりそうだったら、割って入ろうと思った。

 だが、勝弘はすぐに我に返った。先ほど一方的に嫌われた自分が手助けをしたところで、不愉快な思いをさせるだけではないのか。

 今夜はコテージ周辺で、肝試しという名目で、夜の散策が行われる。男女の出会いを演出するのに、多少の恐怖心は欠かせない

「あたし、怖いの苦手なの。でも、白坂くんとなら、頑張れるかなぁって」

 可愛らしい声と、嫌味にならない程度に間延びして、甘えたセリフ。平均以上のルックス。

 あの頃とは違い、大人になった彼が、どういう返事をするのか気になって、勝弘はずっと聞き耳を立ててしまう。

 合コンかよ。そう、最初こそ悪態をついたが、割り切ってしまえば、案外楽しめるものかもしれない。

 勝弘は、暗い夜道を歩く男女を想像した。直樹と目の前の彼女だ。彼女が怖がるものだから、直樹は女の小さく可愛らしい手をそっと握り、先導する。

 思わず、自分の手を見つめる。ゴツゴツして、手入れもあまりしていないため、ささくれがある、男のものでしかない手だ。

 慌てて、勝弘は首を横に振った。

(比べてどうするってんだ!)

 そんな自分に嫌気が差し、胃の辺りがムカムカし始めて、しゅん、と勝弘は肩を落とし、地面を見つめた。

「お断りします」

 ぴしゃりと冷えた声に、思わず顔を上げる。

「先ほどの説明で、肝試しのペアはくじで決めるって言ってましたよね? あなたの言い分は、不正を働くということです」

 会話の輪の中に入らず、無口だと思われていた直樹が饒舌に、かつ責めるように喋り始めたことに、相手の女性は驚きを隠しきれていなかった。

「え、ええ……と、不正とか、そんな、大げさなことじゃなくて」

「くじの結果に従わないのはアンフェアです。あなただけ、自分の好きな人と回るというのは、不正以外の何物でもない」

 俺は、そういう公平さを欠いた人間は好きじゃありません。

 最後に付け足された言葉に、女性は目を潤ませる。

「ひどいわ! そこまで言わなくてもいいじゃない!」

 そう叫んで走り去る姿は、やや演技がかっているような気がした。

 直樹は首を傾げつつ、彼女が消えた方向をぼんやりと眺めていたが、やがて、大きく溜息をつくと、自室へと戻っていった。

 勝弘は、しばらくそのまま、動くことを忘れていた。

 若山が、「井岡さん、もう時間ないって!」と怒鳴り散らして顔を出し、勝弘は慌ただしく、バケツと花瓶をひっつかんだ。

 若山には、この顔を見せられない。にやにやしている自分の顔を、歯に衣着せない彼女は「気持ち悪いよ」とぶった切るだろう。

 それにしても、自分に好意を寄せる相手に、直樹のあの態度。

「相変わらずだなぁ……」

 口元がどうも締まらない。

 あの頃から変わらぬ彼の本質を見ることができて、嬉しかった。

5話

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