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<2話
男性が宿泊するコテージのリビングが、イベントのメイン会場となる。参加者全員が集合していた。
首からネームカードをぶら下げた彼らは、男女に別れ、部屋の隅でお互いの様子を窺いながら、まずはそれぞれのターゲットを確認しているようだった。
ドリンクをサーブする勝弘の耳には、嫌でも彼らの話が耳に入ってくる。
平均年齢は二十代半ばという中、人気ナンバーワンの男性は、最年少の直樹だった。女性を含めても、十代なのは、彼ひとりである。
「白坂直樹です」
よろしく、という挨拶すらない、簡素な自己紹介だった。物怖じしない性格の女性が、「白坂くんは、何してる人?」と尋ねる。
聞かれたことにはちゃんと答える辺り、六年前よりも性格は丸くなったようだ。
「……大学医学部の一年生です」
その瞬間、彼らの間に走ったのは緊張だった。
男性たちは、「こいつに女子を独占されてたまるか」と示し合わせたかのように団結を誓う視線を互いに向け、女性たちは、将来有望株だとチェックを入れる。
傍観者である勝弘には、その様子がよくわかった。
六年間、ずっと引っかかっていた彼の進路に、勝弘はほっと息を吐きだした。
中学時代から行きたいと言っていた大学に、無事に現役合格したのだ。
自分の力など、借りずとも。
スタッフである勝弘も、自己紹介をした。なぜか女性たちは、勝弘の職業にも興味津々だった。男性陣からは、スタッフのくせに、と、ビリビリと突き刺さるような視線を感じる。
これは先手を打っておいた方がいいだろうな、と思った。そう、女性たちに負けず劣らず熱い視線を送ってくる直樹を、牽制する意味でも。
「井岡勝弘、二十五歳です。大学院で人工知能に関する研究をしています。将来は、AI制御で本当の恋人のようになれる、ラブドールの製作を目指しています」
わずか二十秒で、ドン引きされた。
(あ、こいつ、やばいオタクだ)
女性たちの顔に、そう書いてある。
告白されることは数多あれど、同じ数だけ振られている原因は、これが主だった。
ダッチワイフではなく、ラブドールという名称を好んで使うのは、単なる性具ではなく、疑似恋愛の相手として真剣に確立していこうという気概の表れだったが、理解はされない。
残念なイケメン、というのが勝弘の評判だった。
優しくて、理解のある恋人を演じてみたところで、女子の情報ネットワークは、勝弘の研究の行きつく先を突き止め、拡散する。
学内ではすでに有名な話で、理系単科大のめぼしい女子学生たちは、すでに勝弘を恋愛対象からはずしている。ここ最近、勝弘が付き合うのは、学外の女性ばかりであった。
『キスもセックスも、どうせ自分の研究のためなんでしょ』
そう詰ってきた子もいた。そんなことはない、と勝弘は言い訳をしなかった。
いくら話をしても、向こうに聞く耳がなければ、意味がない。どうしても分かり合えない溝というものは、存在するのだ。
女性たちからの好感度は地に落ちたが、男性から向けられる敵意は薄れた。ドリンクを手渡すと、にこやかに肩に腕を回され、引き寄せられた。
内緒話をする体勢ができあがると、同世代であろう青年は、にやにやと笑う。
「いやぁ、ロマンだよねえ。自分の言うことを聞くAIラブドール」
勝弘は「はぁ」と適当な相槌を打った。
ムキになって、「いや、そうじゃなくて」と話をしたところで無駄なのは、こちらも経験上わかっている。男相手は、それはそれで面倒くさい。
「そんなことより、おつまみ持ってきましょうか?」
と勝弘は話を逸らし、輪から抜けた。
やれやれ、と溜息を吐くと、「あの」と背後から声をかけられた。不機嫌だと思われてはならない。スタッフらしく、にこやかな笑顔を作って、勝弘は「どうかされましたか?」と振り向いた。
「……さっきの自己紹介、本当ですか?」
勝弘は口元をひくりと動かして、固まった。一番声をかけられたくなかった相手だった。
先ほどのクールな表情はどうしたのか。青年は興味本位というわけでもなく、神妙な顔で、勝弘を見つめてくる。
参加者である彼と、個人的な話をするのは避けたい。かといって、無視をするのはもっと、よろしくない。
結果、勝弘は事務的な対応をするしかない。
あくまでも自分たちは初対面ですよ、という風を装って、勝弘は敬語を崩さずに言った。
「本当、とはどの部分でしょうか」
もっと砕けた調子で応対されると考えていたのだろう。直樹は気圧された様子だった。
「えっと、その……ら、ラブドールとかいう奴……」
ラブドール、だけ小声になっているのが、潔癖な少年らしさを残していた。男たちが勝弘をからかい、笑っている輪の中に入れなかったのだろう。
背も伸びたし、身体つきもずいぶんとがっしりしたが、彼はまだ子供なのだと、心にずしりときた。
六歳という年齢差は埋まらない。永遠に彼は年下で、それが勝弘の枷となる。
逃げたい気持ちに喝を入れ、作り笑顔を浮かべる。
「ええ、そうです」
勝弘はそれだけ言った。途端に、直樹の目が軽蔑の色を帯びた。
心臓がぎゅっと握り込まれるような気がしたが、勝弘はポーカーフェイスを貫く。
「……そんな人だとは、思いませんでした」
それだけ言うと、彼はさっさと勝弘の傍から離れていった。
宙ぶらりんなままよりは、嫌われてしまった方がいい。それが、お互いのためだ。
勝弘は彼の背を黙って見送って、大皿に軽食を盛り、参加者たちの元へと戻った。
>4話
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