<<はじめから読む!
<52話
「心配するでない。余がなんとかしよう」
分厚い絨毯は、足音をすべて吸い取ってしまうらしい。二人とも第三者の入室に気づかず、朗々とした声で呼びかけられて、驚いて飛び上がった。そして顔を確認すると、あまりの不敬に身を固くして、慌てて跪き、忠誠を誓った。
「顔を上げよ。ジェラール・ギヨタン。そして黒衣の」
背の高い男だった。身分にふさわしい威厳に満ちた声と態度に、クレマンはまだしも、ギヨタンはかわいそうなくらい縮こまってしまった。だらだらと脂汗を流し、動けなくなっている。再び「顔を上げよ」と命令されて、彼はおっかなびっくり顔を上げた。
この方こそ、国王・アンリ三世陛下であった。生まれてくる時代を間違えた、戦いを愛する王。英雄になれない国王。颯爽と現れた彼に、クレマンはやはりこの部屋は、そういう部屋なのだと思った。
「ジェラール・ギヨタン。そなたには新たな処刑具の研究開発を、正式に命じる」
「は、ははっ! 精一杯、陛下のためにお作りいたします!」
それからクレマンの仮面をまっすぐに見据えた。虎のような、獅子のような目に、クレマンは怖じ気づいて、動けなくなる。
「黒の。そなたには負担ばかりかけたな。ギヨタンの作る処刑具ができあがれば、そなたの仕事も簡単になろう」
つくばうクレマンの耳元に、王はそっと顔を近づけ、囁いた。
「これまで以上に、多くの首を転がすことができるな」
咄嗟に悲鳴を飲み込んだ。万が一、ここで叫んでいたら、王の不興を買っていた。
首斬王、殺戮王、血塗王。彼を暗喩する語はいくつもある。そのどれもが、平和な時代にはそぐわない、血なまぐさいものである。血税を搾り取るわけでも、無意味で無謀な侵略戦争をしかけるわけでもない。賢王であるには違いない。
ただ、彼の生まれもった性情が叫ぶのだ。
死体を! もっと新鮮な死体を!
死刑は体のいい手段である。アンリⅢ世の御世になり、死刑執行数が増えたのは、錯覚ではない。サンソン家の待遇がわずかばかり上昇したのも、つまりは彼が、死刑を愛しているせいだった。
今よりももっと、死刑の数が増える。朝も昼も晩も、クレマンの子が、孫が、首を落とし続ける。
王の目は青く、一切の濁りなく澄み切っていた。なのに、どうしてもその中をのぞき込むことができず、クレマンはただただ、無言でひれ伏すのであった。
>54話
コメント