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<13話
「血は見慣れているだろうけれど」
オズヴァルトはそう前置きした。クレマンは頷きかけて、慌てて首を横に振る。捜査官と言っても、クレマンには医者という仕事もあれば、誰にも明かしてはいないが、処刑人としての仕事もある。
そのため、毎日出勤して、王都で犯罪が行われていないか常に警戒する役割は免除されている。
クレマンが行うのは、今回のような殺人事件ばかりである。それは、自分の希望によるもので、同僚たちからも気味悪がられているが、オズヴァルトは知らなくていいことだ。
「僕がするのは、コソ泥を捕まえることだけさ」
その後、捕らえた泥棒の両腕を切り落とすところまでが仕事だが、親友とはいえ、オズヴァルトにもサンソン家の秘密を明かすことはできない。
「それじゃあ、気合い入れておけよ。中は相当なもんだから……」
朝一番にクレマンのところにやって来たときは、悲壮な表情をしていたのに、もうすっかりいつものオズヴァルトであった。軽口を叩き、自信がなく俯いたクレマンを鼓舞する相棒。あまりの変わり身の早さに違和感すらあるが、今はきっと、自分自身を励ましているのだろう。そうしなければ、彼の心が壊れてしまう。
いつまでも悲しんでいたところで、彼の愛する婚約者は二度と帰ってこない。それならば、クレマンとともになぜ彼女が死ななければならなかったのか、誰が殺したのかを追及することが、彼女の死を悼む一番の方法だと、言い聞かせている。
「ああ、わかったよ」
クレマンは、一応息を止めた。囚人の首を切り落としたとき以上の鉄錆の臭いなど、そう発生するものではなかろうが、死体慣れしていると思われなくない。
「いくぞ」
オズヴァルトが開けた扉の向こうを一言で言い表すとしたら、明るい地獄だった。
実のところ、クレマンは疑っていたのだ。外で亡くなったのならまだしも、若い女性が自宅の中で亡くなっている場合、まず第一に考えるべきは自殺の可能性だ。
人間を創り給うた神に誓って、自らの生は神が「もうよい」と終わらせるまで、全うしなければならない。聖なる書は自殺を禁じているものの、昨今は若年層を中心に、自殺と思われる死が増えているのは事実であった。
女性が選ぶのは、毒だ。誰かを殺すときも、自分自身を殺すときも。オズヴァルトの口ぶりから、部屋の中はかなりの血が流れていることが予想されたので、毒物の線は外した。自分の胸に短剣を突き立てる事例も、なくはない話である。
しかし、現場ははっきりと他殺を示していた。女の手で、しかも自分自身を殺すのならば、これは無理だ。
ベッドの上に広がるのは血の海。吸いきれなかった赤は、シーツを辿って床にも落ちている。壁やカーテンにまで飛び散った血液は、力いっぱい断ち切られたことを示している。差し込んでくる朝日の明るさが、部屋の中に濃厚に漂う死の気配を対照的に浮かび上がらせている。
クレマンは、口元を押さえた。吐き気を催すほど凄惨な現場だというのではない。もっと若い頃に、執行に失敗した死刑囚の最期の姿の方が、よほど無惨であった。ネグリジェを着たまま、腹の辺りで手を組んだ死体からは、脂肪も腸もはみ出していない、きれいなものだ。
首が、あるべき場所にあったのならば。
>15話
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