白金の花嫁は将軍の希望の花【14】

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【13】

 レイナールの初めての恋は、六歳の頃だった。

 すでに王家に入ることが決まっていたから、残りわずかな親子の時間を、ことさらに実父は大切にしていた。

 当時はまだ大臣の地位になく、実務に携わる外交官であった父は、国内だけではなく、海外にも頻繁に出張していた。そのすべてにレイナールを伴った。

 これから王族となる息子に、世の中に正義と呼ばれるものは複数あり、そのどれもが正しいこと、主張に折り合いをつけていくことが政治であることを教えたかったのだろう。

 結局、ヴァイスブルムでは表立って政治に関わることは一度もなかったが、父の教育には感謝している。

 出張に連れ歩くとはいっても、子どもには大人の話は難しいし、立ち入りを禁止される場面も多々ある。レイナールに合わせて余裕をもった旅程にしてあるとはいえ、乳母がついてくるのは難しかった。結果、普段顔を合わせることが少ない父の部下たちに世話をされるのだが、その頃は人見知りで、父のもとを離れるのが苦痛だった。

大陸内部にある、最高峰の士官学校を擁する国を訪れたときのことだった。

 その国は、国軍を保有しないのが特徴だった。各国の将来有望な若者を集めて教育し、軍の上層部に据えることで、戦争を回避するという手法を取る斬新な国だ。

 また、弁の立つ独立心旺盛な人々が多く、ヴァイスブルムとしてはやりにくい相手でもある。

 その国で、レイナールは迷子になった。子守役の父の部下と、手を繋いでいたはずだったのに、ヴァイスブルムではあまり見たことのない花に夢中になるうちに、はぐれてしまっていた。

 異国の子どもが、半べそをかいて街中に取り残されているのを、チラチラとこの国の大人たちは気にするけれど、声をかけてくれる人はいなかった。

 立って歩くことができるようになれば、もう、立派なひとりの人間だ。察して何かをしてもらおうとするのはよくない。ほしいものはほしい、困っているから助けてくれと言え。口は何のためについているのだ。

 そんな教育方針があることを知ったのは、ずいぶん後のことだった。

 迷子の当事者だった当時は、心細くて寂しくて、レイナールは街の片隅で俯いていた。

 季節は春、日差しは暖かいし、街は鮮やかな色彩に溢れている。なのにレイナールはひとりで、寒くもないのに震えている。声をかけられそうな隙がある人は見当たらず、途方に暮れる。

 いっそのこと、恥をかき捨てて、泣き喚いてしまおうか。幼い子どもが泣けば、無視はされないだろう。

 けれど、レイナールは大声を出して泣くことに、やはり抵抗があった。幼くとも、貴族だ。いずれ王家に入る身として、自分を律する必要があるのだと、言い聞かせていた。

 どうすることもできずにいたレイナールに、影が落ちた。おずおずと顔を上げると、自分よりもだいぶ年上の、しかしまだ子どもといっていい年の少年が屈んでいた。

「迷子か?」

 彼は子どもの扱いには慣れていない様子で、声も表情もぶっきらぼうそのものだったけれど、この国で見知らぬ他人から、初めて心配してもらえたことがきっかけで、レイナールはようやく泣いた。泣きながら頷いて、ぐすぐすと鼻を啜った。

 少年は困惑していたが、レイナールの頭をそっと撫でてくれた。力加減もわからないのか、本当におずおずと、ほとんど指先だけで。それから目を合わせて、「子ども相手だから、笑って安心させなければ」と、気負った笑顔を向け、手を繋いでくれた。

「おーい、××。何してんだ?」

 彼の友人と思しき少年に、途中で声をかけられた。名前を呼ばれていたけれど、レイナールの記憶にはない。今、手を繋いでいる少年よりも、心を許せそうだと思ったのは、自然な笑顔と、それから背があまり高くなかったからだ。思えば、この友人の方は、士官学校の学生ではなかったのだろう。

「迷子」

 端的な回答に、友人の方はレイナールをじろじろと見回して、ぽん、と手を叩いた。

「この子あれだわ。うちの親父と今日会うって言ってた、ヴァイスブルムの……」

 どうやら友人の父親は、レイナールの父と仕事上で関わりのある人物だったらしい。レイナールの色彩は、地元だけではなく、この国でも十分に目立っていたから、父親は息子に語って聞かせたのだろう。

 ふたりに連れられて、レイナールは歩いた。ただ、彼らと小さなレイナールでは、体力も歩幅もちがう。疲れたレイナールを、少年はひょいと肩車をした。父親にすらしてもらったことがない。ずっと高くなった自分の視点に驚くレイナールをよそに、彼は友人の先導に従って、駆けた。

「は、速いよ……こわい」

 小さな声は、駆け抜ける風になった少年には聞こえなかった。どころか、悲鳴を歓声を聞き間違えているらしく、より一層速度を上げる。目を開けられなくなり、頭にしっかりとしがみついていた。

「ほら、目を開けてみろ」

 少年が足を止めて、言ってくる。レイナールは恐る恐る目を開けて、「わぁ」と、今度は紛れもない歓声を上げた。

 この国の王宮は、小高い丘に立っている。父がここにいると踏んで、大急ぎで連れてきてくれたのだということに、今さらながら気がついた。

 春の盛りの国では、白い花が満開になっていた。淡い匂いが、風に乗って鼻をくすぐる。

「きれいだろう? 俺も、ここに来たばかりで心細かったときに、こいつに連れてこられたんだ」

 肩から下ろしてもらったレイナールの頬に、すでに涙はない。流れた跡を、彼は指先で拭い、それから不器用に笑った。

「こんなに大きくて速い俺だって、ひとりになれば、寂しいんだ。子どもは泣いて、助けを求めていいんだ」

 ゆっくり、はっきり、幼子の理解力でも大丈夫なように、彼は慰めてくれた。ついでに、今度は大きな手のひらで頭を撫でられて、レイナールはその日初めて、運動をしたときや怖い思いをしたとき以外にも、心臓がドキドキするのだということを知った。

 その後、迎えに来た父に怒られているときも、少年が取りなしてくれて、ますます「かっこいい!」と思ったレイナールは、国に帰る直前に、少年に会いにいった。学校の寮生活をしていた彼に取り次ぎを頼むのは、あの日一緒にいた友人の父を介したため、比較的容易だった。

 挨拶をしたいと言ったのは自分なのに、いざ対面するとなると、恥ずかしくなり、父の後ろに隠れてしまったレイナールを、彼は根気よく待っていてくれた。しゃがんで目を合わせてくれる。

 初対面のときは怖かったのに、目の奥の優しさを知った今は、まっすぐに見つめ返すことができる。

 父に促され、レイナールは一歩前へ。そして、背中に隠していた花を、少年に差し出した。

「お兄ちゃん、助けてくれて、ありがとう」

 驚いた様子の彼は、小さな手から花を受け取り、笑って頭を撫でてくれた。白金の髪は、するすると指を流れていく。

「こちらこそ、きれいな花をありがとう」

 しばらく一緒に遊ばせてもらって、そして、本当に別れなければならない時間が来て、いやだと駄々をこねたことを思い出す。

「泣いてもいいとは言ったけれど、我が儘を言っていいとは言ってないぞ」

 と、ちょっぴり厳しい顔で諭されて、レイナールはぐっと我慢した。

「レイ、お兄ちゃんとずっと一緒がいい」

 その後、自分は何をしたんだっけ?

 ずっと忘れていたけれど……。

 幼いレイナールは、少年の頬に、えい、と口づけた。呆気にとられる少年に、

「お兄ちゃん、大きくなったら、レイと結婚してね」

 満面の笑みでそう言った……という、夢を見た。

「……」

 起き上がったレイナールは、六歳ではなく、十九歳の自分の手のひらをじっと見つめ、わあっと顔を覆った。

 幼かったとはいえ、好きだと思ったら一直線で最短距離を走ろうとしたのが、恥ずかしい。初恋の人とは、あれ以来会っていないし、名前も覚えていないが、向こうも忘れていてほしいと、切に願ってしまう。

 ジョシュアへの淡い恋心を自覚した今、子どもの頃と同じように迫るのは、非常にまずい。

 ほぼ神格化され、色恋沙汰からは縁遠い神殿で暮らしていたせいで、恋愛方面に関しては、はっきり言って当時からほとんど成長していないと自覚している。

「ど、どうしたらいいんだろう……」

 物語の中では、駆け引きがどうとかこうとか、すぐになびかないのが上級者、などと書いてあったけれど、本当だろうか。

「うー……」

 わからないことがありすぎて、レイナールは再び、ベッドに沈み込んだ。

 そういえば、夢の中に出てきた初恋の少年は、どこかジョシュアに似ていたような気がした。

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