断頭台の友よ(42)

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41話

「マノン様は、アンベール様のことをどう思っていたのですか?」

 貴族や裕福な商人たちの間では、政略結婚は当たり前だ。クレマンが田舎の処刑人一族の娘たるブリジットを娶ったのだって、ある種の契約である。現在、マノンはオーギュストと仲睦まじく暮らしているが、アンベールとの相性はいかなるものだったのか。

 口にしてから、クレマンははっとした。彼女が元婚約者についてどう思っているのかなんて、首斬鬼の事件には少しも関係ない。興味本位だけで尋ねてしまった自分に「恥を知れ」と言い聞かせ、クレマンは「すみません。これは、事件には関係ありませんでした」と謝罪する。

 マノンは首を横に振った。

「私は、私なりに、アンベール様を支えて生きていこうと思っておりました。恋愛の気持ちがあったかどうか、当時はよくわかっていませんでしたが、それでも私は、あの方とともにバルテル家を継ぐ覚悟をしていたのです」

 静かな言葉には、誠意と熱が感じられた。オーギュストへの愛情と同じくらい、彼女はアンベールのことも大切に想っていた。

 ただしマノンの気持ちは、アンベールには一切伝わっていなかった。

「あの方は……弱すぎたのです」

 社交界で好奇の視線にさらされ続けること、仕事の引き継ぎがうまくいかず、実の父から哀れみの目を向けられたこと、婚約者であるマノンが強く、優しすぎたこと……。

 いっそのこと、アンベールを見捨てるべきだったとマノンは悔恨とともに吐き出した。子爵を継ぐに値しない婚約者に愛想を尽かして、婚約破棄を申し入れるべきだった。そうすれば、彼には逃げ道ができた。マノン自身が、「あなたならできるわ」「一緒に頑張りましょう」と励まし続けた結果、アンベールはどうなったか。

「アンベール様は、次第に死を口にするようになりました」

「マノン様……」

 熟読した資料のどこにも出てこなかった新しい証言に、クレマンは言葉を失った。マノンはクレマンをまっすぐに見つめる。静かだった。静かすぎた。淡々と、自身の感情をできるかぎり排除している。報告書を読み上げているようだと思った。

「どこか遠くに行きたい。最初はそう言っていたのです。私は言葉通りに受け止めて、そんな暇などありはしないわよ、と訳知り顔で言いました。彼の気持ちを知らず……」

 彼女は後悔に瞳を曇らせると、無理矢理口角を上げてみせた。

「もしも、あの当時先生と知り合っていたら、彼を助けられていたのかもしれませんね」

 買いかぶりすぎですよ。

 声は出せなかった。クレマンは首を横に振る。当時の自分はまだ、何ができたわけでもない。日々を生きることに一生懸命だった。

 マノンはさらさらと手元に用意してあった紙に、何事かを書きつけた。そしてクレマンに差し出す。住所が記載されたカードをしげしげと眺め、クレマンは首を傾げる。

「死を口にするようになった彼が、通っていた教会です」

 休日である十の日ごとに集会を開いていて、そこにはアンベールと同様、自殺願望を抱えた人々がやってくるのだと話す。

 クレマンは、あまりの驚きに一度、カードを落としてしまった。慌てて拾い上げて、指でなぞる。住所は東のはずれ。目抜き通りから距離がある。あのあたりは、人もあまり住んでいない印象があるが、それゆえに秘密を抱えた人々が集まるには、都合がいいのだろう。

「なぜ、私に」

 事件の直後、婚約者であるマノンも事情聴取を受けている。調書に名前がはっきりと記載されている。にもかかわらず、彼女は今ここに来て、クレマンだけに新たな事実を知らせた。理由があるに違いない。何か交換条件を後出しにしてくるのかもしれない。できることなど、たかが知れているが、クレマンは報いる覚悟だった。

「先生が、素晴らしいものをくださったから、私がお返ししたいと思った、それだけですよ」

 素晴らしいもの?

 クレマンには心当たりがなかった。薬を処方するのは、職業上当たり前だ。だが、彼女に与えたものなど薬以外にはなく、無理矢理納得させ、礼を言う。

 マノンの赤い唇が弧を描く。妖しい魅力溢れるその顔に、クレマンは言いようのない不安に陥った。

43話

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