臆病な牙(7)

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6話

 慎太郎と友人になってから、冬夜の生活は充実していた。

 外に遊びに行くのは勿論新鮮だったが、慎太郎の優しさに触れることが、一番嬉しかった。

 慎太郎の家は、家賃が高そうなマンションで、冬夜の住む学生アパートに遊びに来てもらうことは、最初のうちは恥ずかしかった。

 けれど、慎太郎は何も気にしていなかった。こじんまりとした冬夜の部屋で、長い脚を抱えて座っているのを見ても、窮屈そうにではなく、居心地がよさそうにしていたので、冬夜も次第に気にしなくなった。

 夏になって、いよいよ日差しの強さは増し、慎太郎は日中に出歩くことを、本格的に避けている。夜勤のアルバイトも、日の出よりも前に、上がらせてもらえるようになっているようだ。

 家に遊びに行く機会が増えたが、ずっと閉じこもっているのも、ストレスが溜まる。そこで冬夜は、慎太郎を花火大会に誘った。

 メイン会場から少し離れたところから立ち見するのであれば、早くから場所取りに行く必要もない。

 引きこもり生活に飽き飽きしていたのだろう慎太郎は、一も二もなく頷いた。二人で花火大会のスケジュールを確認して、ちょうど最も早い花火大会が、駅から歩いて行ける川沿いの会場で開催されるのが、今日であった。

 浴衣など持っていないから、Tシャツに短パンの普段着で、駅前で慎太郎を待つ。だが、いつまで待っても、彼は現れない。

 慎太郎は遅刻するにしても、五分が限度であった。それ以上遅れるときは、事前に連絡が来る。スマートフォンを覗くが、着信はなかった。

 待ち合わせ時間から二十分経過して、冬夜はいよいよおかしい、と電話をかける。

 何度目かのコール音で、ようやく慎太郎と通話が繋がる。

「慎太郎? どうかしたのか?」

 耳には、苦しそうな呻き声が聞こえた。体調不良で、話すこともままならないのだろうと判断して、冬夜は「今から行くから!」と叫んだ。

 すると、慌てた声で、「だ、だめ!」と慎太郎が拒絶する。

 具合が悪いくせに遠慮するな、とだけ言って、冬夜はとっとと通話を切り、まずはドラッグストアに向かい、スポーツドリンクや栄養剤、冷却シートを適当に購入してから、通い慣れた慎太郎の暮らすマンションまでの道を走った。

 マンション前に辿り着き、しつこく何度も部屋番号を押した。入れてもらえるまで、絶対に帰らない。その気持ちが通じたのか、根負けしたのは慎太郎だった。

 無言でロックが解除され、冬夜は扉をくぐる。エレベーターで五階に向かった。

 ピンポン、とチャイムを鳴らすが、反応はない。そっとドアノブに手をかけると、鍵がかかっておらず、すんなりと下がった。

「慎太郎?」

 部屋の中は、電気がついていなかった。手探りでスイッチを見つけ、部屋を明るく照らし、冬夜はぎょっとした。

 慎太郎は行き倒れていた。オートロックを解除し、ドアの鍵を開けたところで力尽きたのだろう。

 電気をつける前に足を踏み入れていたら、慎太郎を思い切り踏みつけていただろう。冬夜は自分の推測にぞっとしながら、慎太郎の名前を呼びつつ、彼を助け起こした。

 普段から色が白い男だが、今日はまさしく、紙のようだ。相当具合が悪いのだと悟り、冬夜は自分よりも大きな男を肩に担ぎ、どうにかベッドに運んだ。あとは寝かせるだけ、

「……冬夜」

 あとは寝かせるだけ、という段階になったところで、さらさらした髪の毛が、首を撫でた。同時に囁かれた声に、冬夜は背筋がぞくりとするのを感じる。

 いつもとは違う。呼び方もそうだが、ねっとりと艶めいた声音に、冬夜は動けなくなる。

「しん、たろ……?」

 心拍数が上がった。様子がおかしい。彼の名前を呼んだが、慎太郎は応えることがない。

 ちり、と痛みを覚えたのはそのときだった。

「な、に……?」

 遅れて、慎太郎が冬夜の首筋に噛みついていることに気がつく。抵抗することもできない。冬夜の身体からは、不思議なことに力が抜けていく。

 立っていられなくなり、冬夜は慎太郎を肩に乗せたまま、床に膝をついた。

「あ、あー……?」

 意識が遠のいていくのを自覚したとき、ふっと肩から重さが退いた。崩れ落ちる身体を抱きとめられる。

「冬夜くん! ごめん!」

 叫ぶ声はいつもどおりのものだ。目を閉じる前に見た慎太郎の顔には、ほんのりと赤みが差していて、冬夜はほっとしながら、気を失った。

8話

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