<<はじめから読む!
<5話
待ち合わせの時間の十分前に、駅に着いた。入口の隅で、目立たないように立っている。
休日の午前中ということもあり、家族連れの姿も多い。
冬夜はスマートフォンを取り出して、ゲームアプリを起動させた。特にはまっているというわけではないが、視線は端末に集中し、周りの人間に威圧感を与えることはない。
待ち合わせ時間を五分超えたあたりで、声をかけられた。
「お待たせ。ちょっと遅れちゃった。ごめんね」
少し息が弾んでいて、急いで来てくれたのだということがわかった。
楽しみにしていたのは自分だけではないのだと安心して、冬夜は「気にしないで」と顔を上げ、ぎょっとした。
異様な格好に目を瞠っていると、当の本人は自覚がないようだ。今時珍しい、真っ黒なレンズで中が見えないサングラスの奥の目は、きっと、きょとんとしているに違いない。
「その格好……」
梅雨前の、風が気持ちいい季節である。だが、「かざまき」……慎太郎の格好には、一分の隙もない。
長袖長ズボンは当然として、首にはストールを巻きつけ、手には女性がするような、日焼け防止のためのグローブをしている。極め付けは、女優が被るような大きなつばのハットと日傘で、駅の利用客の視線を集めている。
慎太郎は己の姿を見下ろして、何でもないことのように言う。
「僕、日光アレルギーが割とひどくて」
普通の人間が日焼けで済むところを、重い火傷の症状になるため、日中出歩くにはこのくらいの完全防備が必要なのだという。
「じゃあ、行こうか」
今日は二人で、テーマパークに行く予定だった。慎太郎は遊園地の類には幼い頃から縁がなかったと言い、冬夜も上京してからは、一度も行ったことがなかった。
改札に向かおうとした慎太郎の袖を引き、冬夜は止めた。
「どうしたの、冬夜くん」
「遊園地は、今度にしよう」
日光アレルギーの男を連れ回すことは、冬夜にはできなかった。
今日は家で遊ぼうぜ、と言うと、慎太郎は悲しそうな顔をする。黙って無表情でいれば、作り物のような美貌なのだが、こうやって自分の感情に従って、素直に表情筋が動くところを見ると、彼はとても、可愛らしい男だ。
人によっては幻滅するポイントにもなるのだろうが、冬夜はますます、彼のことを魅力的だと思う。
「僕のせいで、ごめん」
「謝るなよ。体質は仕方ないし、それに、行かないなんて言ってないだろ」
幸いにして、前売り券は買っていなかった。
「遊園地とか水族館とか、夕方から行った方が安くなるところ多いだろ。昼間じゃなくて、夜遊んだほうが、慎太郎の身体もラクだし、財布にも優しくて一石二鳥じゃん」
ひとまず今日は、どちらかの家で遊ぶことにして、次回遊びに行く場所を選ぼうと提案すると、慎太郎の唇が、笑みを刻んだ。
「ありがとう。そうやって言ってもらえるの、初めてだ」
今日遊びに行けないお詫びに、家に招待させてほしいと慎太郎は先導した。冬夜は彼の背中を見つめながら、慎太郎のことを考える。
重度の日光アレルギーを患う彼は、おそらく、冬夜よりもよっぽど、まともな社会生活を営んでこられなかったのではないだろうか。だから、コンビニで夜、働いている。
人間は昼間活動して、夜眠る。それが当たり前のリズムなのだが、慎太郎は昼間、外を思うように出歩くことができない。
冬夜も友人が少ない方だと自負しているが、慎太郎の交友関係はもっと狭い。だから、遊園地に一度も行ったことがないという話になる。
孤独な男。でも、人嫌いではない。人間自体が嫌いなら、冬夜からの告白に、あんな風に応答したりしない。
「はい、到着!」
前を見ていなかった冬夜は、はっとした。慎太郎が「どうしたの?」と問いかけてくるので、「何でもないよ」と首を横に振る。
「何か、考え事してたでしょう?」
「え? あ、ああ……なんだか慎太郎って、吸血鬼みたいだなぁ、って」
思いつきで、そうごまかした。太陽が苦手で、一人で生きている男というだけで、安易なたとえであった。慎太郎がオートロックを解除する手を止めたので、気分を害したのかもしれない。
「あ、ごめん。変なこと言って」
建物の陰に入ったことで、慎太郎はサングラスを外した。その目は怒っていなかった。
気にしないで、と慎太郎は微笑んだ。
>7話
コメント