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<4話
落ち着かない気持ちのまま、冬夜は十時には店舗前に着いてしまっていた。慎太郎は真面目な店員だから、きっと早めに出勤するだろうと踏んだのだが、それにしても少し、早すぎたかもしれない。
自動ドアが開かないように、端に寄って、俯きながら、ひたすら待った。不用意に視線を上げると、やってきた客を怯えさせてしまう。
影が映るたびに、冬夜はちらちらと顔を上げる。何度も繰り返したところで、ようやく目当ての人物がやってきた。
自動ドアをくぐってしまえば終わりだ。店内で告白する勇気はない。
「あ、あの!」
声がひっくり返ったが、足は止まった。第一関門は突破した。「かざまき」は自分と目を合わせようとしない冬夜を、不思議そうな顔で見つめている。
「何か用ですか?」
「えっ、と、その、話が……あって……」
冬夜の様子から、人目を避けた方がいいと判断したのか、「かざまき」は一度、店の前から離れた。
出勤時間が迫っているから、あまり長くお話できないんですが、と彼は申し訳なさそうにしている。そんな風に恐縮することはないのに。こちらが勝手に巻き込んでいるだけだ。
心臓がドキドキしている。緊張しているせいだが、本当に、彼に恋をしているみたいだ。こんなことなら、景気づけに一杯引っかけてくればよかった。
「あの、その……!」
「落ち着いて。深呼吸してください。ええと……月島冬夜さん?」
フルネームで呼ばれて、冬夜は驚きすぎて動悸を忘れた。どうして彼が、自分の名前を知っているのだろう。
青年は苦笑して、「ポイントカード。いつもお出しになるでしょう?」と言う。そうか、ポイントカードか。確かに裏面には氏名が書いてある。
「きれいな名前だな、と思ってたんです」
レジの中にいるときと同じ顔で言うものだから、本気なのか冗談なのかわからない。呆けた視線を冬夜は向けたが、「かざまき」はにこにこ笑っている。
毒気が抜けて、緊張もどこかへ吹き飛んだ。ここまで話せただけでも、大した成果だ。
「あの、『かざまき』さん」
「はい」
彼は自分の名前を呼ばれても、驚かずに、冷静に返事をした。
「俺、あなたのことが好きです。付き合ってください」
青年は、目を数回、瞬かせた。彼が何かを言う前に、冬夜はネタ晴らしをしようと口を開きかけた。
「ありがとう」
「へ? は、い……」
頭を下げる「かざまき」に、冬夜は呆気に取られる。彼の赤い唇が、続きを紡ぐのを、ぼうっと見守ってしまう。
「でも僕はあなたのことを知らないですし……お友達から、始めませんか?」
差し出された手を、思わず「はい」と受け取りそうになった。触れるか触れないかの寸前で、冬夜は我に返った。
「あ、ち、ちがくて!」
時間がないと言う「かざまき」に、冬夜は早口で言う。罰ゲームで、嘘で。支離滅裂な説明が伝わっているかどうか不安だったが、最後に謝らなければならない。
「あなたなら、優しいから……きっと、俺のこと、傷つけないで振ってくれるかな、と思って。ごめんなさい」
本気の告白だと思って、「かざまき」は誠実に答えてくれた。その大前提が間違っていた今、冬夜は彼に、嫌われてしまっただろう。
言い訳しかできない自分に嫌気がさして、冬夜は肩を落とした。
「もう、店に行かないんで、安心してください」
最後に、彼の姿をこの目に焼き付けたいと思った。でも、羞恥のあまりに顔を上げられない。
向けられる視線が痛い。沈黙が続いた中で、ふっと「かざまき」が吐息を漏らしたので、冬夜はびくりと身を震わせた。
「それで? 君は結局、僕のことをどう思っているんですか?」
冬夜よりも背が高く、一八五センチ近くある。そんな彼が、屈んで自分の顔をしたから覗き込んでいる。冬夜は思わず、正直に口にしてしまう。
「友達に、なってほしい、です」
よく言えました、と「かざまき」は、冬夜の頭を撫でた。子供扱いされたことに、冬夜は驚きこそすれ、嫌な気持ちはしなかった。
彼は心が広い男で、冬夜と年はさほど変わらないはずなのに、憧れてしまう。大人の男だ。
「あっ、そろそろ店に行かないと……!」
時計を見て叫んだ「かざまき」と、冬夜は連絡先を交換した。初めて彼が、「風巻慎太郎」という名前なのだと知った。
「今度、遊びに行こうね。またね、冬夜くん」
ぽーっとした頭で、冬夜は彼を見送った。彼に限って言えば、「今度」は社交辞令ではない。そう確信できる。
スマートフォンを見て、彼の番号を呼び出す。確かに登録されている。本当に友達になったのだ。
にやにやしながら眺めていると、急に着信があって、慌てる。相手を確かめもせずに出ると、
『おーい。月島ぁ。まだかよ』
と、不機嫌そうな低音が聞こえた。橋本だった。
「……あ」
そういえば、電話をするのを忘れていた。
>6話
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