不幸なフーコ(9)

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ライト文芸

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8話

 毎日七時間目まで授業を受けた後に、部活に参加するのは、正直身体がしんどい日もあった。

 逆によかったことは、部員が少ない上に無理を言って入部してもらったという経緯が香織先輩からみんなに伝わっていて、あれこれと気を遣ってもらえることと、ボールに触れられる時間が長いということ。

 バスケ部は、新入部員の数が多すぎて、一年生は基礎練習ばかりさせられていてつまらないらしいから、それに比べればマシかな。 

 そんな日々を送っていたが、風子のことはずっと気にかけていた。彼女は私の部活終わりまで待っていてくれる日もあれば、先に帰る日もある。

 風子の祖父母もかなりの高齢だ。できるだけ早く帰って、手伝いをするのだと張り切っている。

 一緒に帰る予定のない日、私は六時間目と七時間目の間のわずかな休み時間の間に、一階の風子の教室まで走る。

「フーコ! 今日もちゃんと真っ直ぐ帰りなさいよ!」

 ただそう言うためだけに。

 風子は「わかってるよぉ」と、ひらひら手を振る。それを確認してから即行で教室に戻り、七時間目の授業を受ける。

 どうして私の席は、窓側じゃないんだろう。いや、窓側であっても、三階からだと風子が無事に帰る姿を見届けられるかどうかは怪しいか。

 退屈な古典の授業を受け、掃除をしてから部活へ。正味、一時間くらいしか部活に参加できないんだけど、結構な息抜きにはなる。

 バレーボール部に入ってから、家族の態度が軟化したのを、はっきりと感じる。顕著なのは、母よりも妹だった。

 二つ下で、生意気盛りの中学二年生。昔流行った歌で、三きょうだいの二番目は自分が一番、という歌詞があったけれど、まさしくそんな感じ。

 凜莉花が姉である私に甘えてきたのは、幼稚園くらいまでだった。

「小さい頃は、あんたの後ろをよちよち着いてって、可愛かったのよ~」

 と、アルバム片手に親戚は言うが、私の記憶には残っていない。妹も同様だろう。親戚の昔話には、しかめっ面をして相手をしない。

 一人で大きくなったみたいな顔をして、私だけじゃなく、親にも甘えたりしない。弟の綾斗には多少厳しい。

 姉特有の理不尽な厳しさじゃなくて、綾斗がよくないことをしているときに、教え諭すタイプだ。

 あんたたちは本当にそっくりだね。

 母の呆れた声に、「どこが?」と言ってしまった。凜莉花は仏頂面で、私から目を逸らした。

 風子の方が素直に甘えてくれて、よっぽど本当の妹みたいだ。

 そんな、唯我独尊我が道を行く妹が、部活で遅くなった私を見て、「ふーん」と言った。風子と一緒に帰ることが減ったと知ると、素っ気ない態度ながら、リビングでの距離感が縮まった。これまでは、食事が終わったらすぐに自室に引っ込んでいたのに。

 まあ、そんな感じで部活に勉強に励んでいた。風子は風子で、家のことをしたりと忙しかった。昼休みは一緒にお弁当を食べるので、そこであれこれ聞くことにしている。

 七月に入っても、梅雨空が続いていた。

 夏服の裾をパタパタさせて、空気を取り込もうとしても、もやっとしてべたつく。中途半端なこの時期が、一番嫌いだった。

「テストが終わるくらいには、梅雨も明けるかしらね」

 何の気なしに出した「テスト」という単語に、風子はあからさまに動揺した。不審に思ってじっと見つめると、視線を逸らす。

「ねぇ、フーコ」

 いつもよりも低音で名前を呼ぶと、風子は「ののちゃーん」と、泣きついてきた。

「数学が、全然わかんないよぉ!」

 小学校の算数からつまずいてきた風子である。高校の記号がたくさん出てくる数学なんて、理解不能の範疇だろう。それでも、中間テストはなんとか乗り越えた。赤点すれすれだったけど。

「にじかんすーってなに!?」

「あんた、そこからなの!?」

 中学でも簡単なのはやったじゃないの!

 真面目に授業には出ているはずなのだけれど、やっぱり風子には、五十分という授業時間を集中することができない。一瞬、上の空になっただけで、どんどん先生の説明に置いていかれる。

 しょうがないな。

 私は脳内で、部活のスケジュールを思い出す。確か次の土曜日は、部活は午前中だけ。その後はテスト一週間前だから、休みになる。

「土曜日の午後に、フーコの家に行くから」

「ありがとう~!」

 ぎゅっと抱きついてきた風子の髪からは、甘い匂いがした。

 花とかシャンプーじゃなくて、バニラエッセンスの匂いだ。風子のおばあちゃんは、クッキーやケーキを作るのが上手だったから、それを手伝ったとして、なんらおかしくはない。

 けれど、なんだか落ち着かない気持ちになって、私は風子を引き剥がした。

「ちゃんと午前中から勉強しとくんだよ?」

「うん! 約束する!」

 本当かなぁ?

 とはいえ、私にできることといえば、何度も繰り返し風子に確認することくらいのもの。

 ぽんぽん、と彼女の頭を優しく撫でて、昼休みの終わりのチャイムを聞いた。

10話

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