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<22話
花火大会以来、風子はスマホを見つめてちょっとおとなしくしていることが増えた。
心配するふり、何も知らないふりで、「どうしたの?」と、声をかける。
しょんぼりと眉を下げた彼女は、
「崇也センパイ、返事してくれないの」
と、私の望んだ答えをくれた。
内心では小躍りしたいくらいだったが、努めて冷静に、私は彼女を慰める。言葉だけじゃなく、頭を優しくポンポンする。
「ののちゃーん」
抱きつかれて困った素振りを見せつつ、優越感に浸る。
そう、風子に必要なのは私。間違っても、あんな男じゃない。一緒にいるだけで、女に迷惑をかけるような奴なんかに、絶対に渡すものか。
そんな私たちのやりとりを、今日も先生役で呼び出した哲宏は、冷ややかに見ていた。
そして風子を家に送り届けて帰ってくると、なぜか彼は、家の前で待ち伏せしていた。
「なに。わざわざお出迎え?」
哲宏はやや改まった様子だった。茶化した自分を少しだけ恥じて、もう一度、今度は真摯に「どうしたの」と尋ねた。
「お前らがそれでいいんなら、と思って傍観していたけれど」
深い溜息と、冷たい視線。常日頃から、感情豊かとは言いがたい哲宏だが、私には、私にだけは、多少なりとも他の人には見せない顔を表に出していた。でもそれは、こんな冷酷な表情じゃない。
「天木は、野乃花の人形じゃない。自分の意志があるんだ」
私ですら知らない顔。怒っているのとも、少し違う。経験則では、激怒したときの哲宏は無口になる。こんな風に、ベラベラと喋ったりしない。
少々気圧されつつも、私も言われっぱなしは性に合わない。だいたい、風子と私の友情に、哲宏は関係ない。
そりゃ、あの金髪男よりも哲宏の方が風子にふさわしいとあてがおうとはしているけれど、女友達に男友達を紹介して、相性がよければ付き合ったらいいな、なんて、誰もが考えることじゃないか。
「何を当たり前のことを……」
「お前がわかってないから言ってるんだよ」
冷静な哲宏が、髪を振り乱す勢いで言い募った。驚いて黙ってしまった私に、彼はまるで風子や綾斗に勉強を教えるときのように、ゆっくりと突きつける。
「天木が不幸なのだとしたら、それはお前が束縛しているからだよ」
風子の不幸が、私のせい?
カッと胸の内が燃えた。わかりやすいくらいの怒り、激情だった。
私は思わず、哲宏の頬を叩いた。ケンカして手を出すなんて、幼稚園のとき以来だった。どんなときでも、哲宏は我慢強く、私に暴力で返してこなかったけれど、今日は違った。
ペチン。
私の平手の半分もない力だったが、確かにやり返された。涙が出たのは痛かったよりも、信じられなかったからだ。
でも、私よりもやってしまった哲宏の方が、呆然としている。
「て、哲宏は! 何にも知らないじゃない!」
風子のこと。それから彼女に頼られるきっかけになったことも。
ヒステリックに叫び、玄関に入る。
「野乃花? どこ行ってたの?」
帰宅していた母が声をかけてくるが、完全に無視して、部屋の中に飛び込んだ。ベッドの上にダイブして、声を押し殺して泣いた。
風子と私の約束のことを知らないから、あんな風に勝手なことを言えるのだ。
>24話
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