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<21話
私は、金髪男と二人きりになった。
人混みの中、背の高い男はよく目立った。夜の河川敷、屋台の灯りを金髪が反射する。美容院に頻繁に行っているわけでもなさそうで、その輝きは美しいとはとても言えない、まばらなものだった。
目つきの悪い男の傍を、一般人はよけていった。海が割れる、なんて神話があるけれど、まさしくそんな感じだ。
逆に、同類――行き交う人々を威圧して、祭りの騒ぎに乗じて気に入らない奴がいれば片っ端から因縁をつけて歩こうとしている――は近づいてくる。
「おい、アンタ!」
隣で歩くのは危険だと判断して、ずんずんと先に進む。とはいえ、下駄とビーチサンダル、男と女では歩く速度も歩幅も違う。背後から呼びかけられて、私は振り向き、睨みつけた。
「気安く呼ばないで」
「じゃあ、野乃花?」
汐梨ちゃん相手に、下の名前しか名乗らなかった。大きく舌打ちして、「守谷です」と、苗字を告げる。
「守谷。あんまり離れると、迷子になるぞ」
ならないし。なったとしても、哲宏に電話すれば済むことだし。
あいつは私の幼馴染みで、口ではなんと言おうとも、最後には味方をして、助けてくれる。
敵に正対した私は、大きな男を見上げた。
「あなた、フーコのこと、どう思ってるの?」
単刀直入に尋ねると、男は困ったのか、視線をさまよわせた。語るに落ちている、とはこのことだろうか。
「妹といっしょで、なんだか放っておけないだけだ」
なんて、嘘。絶対に嘘。照れ隠しで頬を掻いたって、私はごまかされない。
だいたい男子って、素直に「好き」を口にできない。一方で、態度にはわかりやすく出るものだ。わざとらしく振る舞ったり、逆に過敏になって逃げたり。
そういうのが、この男には全部出ている。もしかしたら、自分では本当に、妹分に過ぎないと思っているのかもしれない。鈍いところは、風子と同じだ。
本当に無自覚だとしたら、好都合だ。その芽をさっさと摘んでしまえばいい。
だいたい、風子には姉のような存在の私がいるんだから、いまさら兄貴分なんていらない。
口を開こうとした瞬間、
「おいおい。兄ちゃんよぉ。ラブシーンですかぁ?」
と、かんに障るダミ声が投げかけられた。相手は派手な柄シャツの前を開けて、上半身は半裸を晒している。腹筋がほとんどなく、少しぷにぷにしている腹を出す度胸はあるようだが、ひとりでヤンキーにケンカをふっかけようという気概はない。
三人組の男は、金髪男と私のやりとりを見て、どう解釈したものか、男女の仲であると疑ってきた。じっとりと値踏みする目を向けられて、気持ちが悪い。
「きゃ!」
うちの一人が近づいてきて、私の手首を掴んだ。
「おい! やめろ!」
ドスの利いた声で威圧した金髪男に、三人は怯んだ。それでも私の手は離してくれない。
精一杯の虚勢を張って、「あんだよ。兄ちゃん、やんのかぁ?」と、挑発している姿は、あまりにも愚かだ。
「やめろって言ってんのが、聞こえねぇのか?」
私を捕らえていた男の手を、逆に掴む。見ているだけでわかるほどの力が込められており、ビリビリと筋肉が震えている。途端に悲鳴を上げて、私は解放された。
男たちは「覚えてろ」という三流の捨てゼリフすらなく、雑踏へと消えていった。
何がしたかったんだ。
へなへなと力が抜けて崩れ落ちそうになる私を支えたのは、金髪男以外にいなかった。
「大丈夫か?」
「……じゃない」
え? と、彼は私の口元に耳を寄せようとした。その行動を遮って、私は、「大丈夫なわけないでしょ!」と、叫んだ。
人の流れが、何事かと思って一瞬止まり、すぐにまた流れ始める。
「あんたみたいな人、フーコの傍にいちゃいけない。わかるでしょ? 私ですら、こんな被害に遭うんだから。フーコだったらどうなってたと思う? 妹みたいだと思ってるんだったら、離れなさいよ! それがあの子のためなの!」
一気に捲し立てたあとで、私は男の手を振り払い、逃げた。追ってくる気配はない。
会場を離れたところで少し落ち着いて、スマホを取り出した。風子や哲宏から、「今どこにいる?」というメッセージが飛んできていた。
一言、「帰る」とだけ返信して、電源を落とした。
背中越しに、一発目の花火が打ち上がるのを聞いた。
>23話
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