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<20話
花火が打ち上がるまで、あと一時間半もあるというのに、観覧席は大勢の人で賑わっていた。
なんとか座れる場所はないかと探していると、風子が「あっ」と声を上げ、手をぶんぶんと振り回した。巾着を持ったままだったので、たまたま隣にいた哲宏にあたりそうになっていた。
「崇也センパイ! こっち!」
手招きしているんだから、小走りにやってくるのが当たり前だろうに、男はのしのしとゆっくり歩いてきた。柄の悪いアロハシャツ。短パンから伸びる脛には、毛が生えていて、げえ、となった。
男の動きがのんびりしているのには、理由があった。彼は小さな女の子と手を繋いでいた。綾斗と同い年くらいの、小学生の女の子。
そういえば、妹を連れてくるって言ってたか。高校三年生ともなれば、保護者の要件は満たしていると、まあいえなくもない。
ある程度の説明は、兄からされていたようだが、見知らぬ高校生に囲まれて、妹は萎縮していた。
あら可愛い。うちの妹も、これだけしおらしくしていればいいのにな。
風子は妹と目を合わせようと姿勢を低くして、「汐梨ちゃん? あたし、風子っていうの。よろしくね」と、ごく当たり前のように自己紹介する。金髪男はハラハラと見守るだけだった。
あんたが率先して仲介しないでどうする。
苛立つ私を哲宏がなんとか押しとどめている状態だ。
おずおずと顔を上げた汐梨ちゃんは、風子の姿を見て、パッと表情を輝かせた。
「ん?」
「お姫様だぁ……!」
たぶん、かんざしが一役買っている。キラキラと輝いて、風子の装いの中でも特に目立っている。王冠モチーフも相まってか、小さい子にはお姫様のように見えるらしかった。
「可愛い! ね! お兄ちゃん、可愛いよね!」
興奮した妹に、兄は弱かった。
「お、おう」
そんなの、肯定するしかない。年の離れた妹相手には、金髪の見た目ヤンキー男も太刀打ちができない。
そう思ってちょっとだけ微笑ましい気持ちになっていたんだけど、大きな勘違いだった。
金髪男は、まんざらでもない様子で、風子にぽーっと見惚れている。
わからない。ヤンキー男の好みが、まるでわからない。
頭を抱える私をよそに、風子たちはなんとか座る場所をレジャーシートで確保した。座る場所だが、私は哲宏と風子を隣同士にすべく、自然な立ち回りを心がけた。
結果として成功したが、逆サイドには、風子にべったりになってしまった汐梨ちゃんがいるため、一緒に行動せざるをえない兄の方までくっついてきてしまう。
仕方ない。次の作戦だ。私は汐梨ちゃんと風子の両方と目を合わせる。
「ねえ、汐梨ちゃん、フーコ。お腹空いてない?」
「空いた!」
元気に返事をしたのは、高校生の風子の方だ。汐梨ちゃんはもじもじしている。風子にはすぐに気を許し、哲宏にも緊張はしているものの、普通に話しかけたりしているのに、なぜか彼女は、私にだけ懐かない。
かろうじて微かに頷いたのを見て取って、私はにっこり笑いかけた。
「じゃあ、買ってきてあげる。何食べたい?」
たこ焼きだのお好み焼きだのかき氷だの、どう考えてもひとりで食べるには限界があるだろうに、風子は片っ端からお祭りっぽい食べ物を並べ立てた。そんな彼女を見て、汐梨ちゃんもおずおずと自分の希望を述べる。
「りんごあめ、ね。わかった。他にも適当に買ってくるから」
視界の端で、哲宏が立ち上がりかけているのを捉える。私は手で制し、金髪男を見つめた。
「お兄さん。妹さんの分ですから、一緒に買いに行ってくれますよね?」
汐梨ちゃんたちに向けていた笑顔とは、似て非なる表情を作る。
「ね?」
再度重ねて言うと、金髪男は気圧されたように頷いた。哲宏が声をかけてくるが、「哲宏はフーコたちのこと、ちゃんと見てて」と頼んだあとは、まるっと無視をした。
「じゃあ、行ってくるね」
声をかけてから振り返った風子は、面白くなさそうな顔をしていた。見ようによっては、私を睨んでいるようにも感じられる。
でも、彼女は気づかない。自分の感情の理由もわからない。もしかしたら、揺り動いている自覚すらないかもしれない。
それでいい。本人が気づかないうちに、私が風子を不幸にするものから、守ってあげる。
>22話
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