断頭台の友よ(46)

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十字架 ライト文芸

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45話

「どうして」

 馬車上で滅多に口を開くことのないクレマンは、沈黙に耐えきれなかった。吐露した疑問は風と馬の蹄の音が消してくれることを期待したが、マノンの耳に入った。彼女は瞠目し、仮面の奥のクレマンの素顔を見透かすようにじっと見つめてくる。

「あなた……」

 黒衣の男の正体に気づいた彼女は絶句するも、すぐに息を吐き出した。もはや彼女の死は避けられない。ここで真実を悟ったところで、何の関係もない。

 気を取り直し、マノンは微笑みを浮かべた。ラックベリーのことを知ったときとは違う。最初に出会ったときと同じ、母のごとき顔だった。

「絞首刑じゃなく、斬首になったのはあなたの心遣い?」

 クレマンは首を横に振った。

 身分や罪状によって、死刑にも区別がある。クレマンのことを首切り役人と呼ぶ人間も多いが、斬首を言い渡されるのは通常、貴族男性のみだ。女は貴族であろうが平民であろうが、絞首刑と相場が決まっている。斬首は絞首刑と異なり、自ら処刑台に進み、首を差し出さなければならない。例え罪を犯したとしても、貴族であれば、誇りを胸に立派な最期を遂げるに違いない。そうすることによって、名誉は回復される。

 女は神によって、男から造りだされた劣る者。貴族の位は特例を除き、男に継承されるのも男の方がえらいからだ。女は女でしかない。自分から首を差し出す誇り高い女など、いるはずがない。だから、無理矢理にでも執行できる絞首刑ばかりであったのだ。

 しかし、クレマンは自らの経験上、貴族の男が暴れずに粛々と断頭台に上り、首を斬られるのを受け入れた例はほとんどないと知っている。爵位に関係なく、みっともなく最後まで暴れ、泣き喚く人間が大部分である。こうして馬車に乗っているときには平静を装っていても、いざというときになると、恐怖心が増大するのが人間というものだから、彼らを貶めようとは思わないが、死への恐れは男女も貴賤も関係ないのではないか。

「そうなの。まぁ、絞首刑だと恥ずかしいものを垂れ流すことが多いと聞くから、そんなみっともない姿をさらさずに済むのは、嬉しいわ」

 自分の死すら達観したような彼女の方が、貴族の男よりも誇りに満ち溢れ、堂々としている。

 マノン・カルノーの処刑は、きわめて例外である。クレマンは、嫌々ながらも丈夫な綱を用意していた。マノンはどちらかといえばふくよかで豊満な女性だった。縄の方が負け、失敗することなどあってはならない。

 二回失敗すると、神がその罪を赦したと見なされ、釈放される。その代わり、執行人への嘲りがひどくなるもので、クレマンはこれ以上、人々から悪感情を向けられることに、耐えられない。マノンの命を助けたい気持ちはあれど、保身に走る自分はやはり、矮小な存在である。

 クレマンは届いた命令書を見て、驚愕した。

 マノン・カルノーを殺人罪によって、『斬首刑』に処す。

 一瞬偽造を疑ったが、そこには国王の署名も入っている。何度読み返しても、見間違いではなかった。

 鬼畜を退治したマノンを、女性たちは英雄視した。そんなご婦人方にいい顔をして見せたい男もまた、マノンの味方である。死刑を免れないのなら、絞首刑よりも名誉ある斬首を。そんな声が、日夜届いた。

 それでも、クレマンは刑の執行方法は覆らないだろうと思っていた。庶民までもが斬首への切り替えを嘆願しに来たというが、絵新聞に描かれた美女の生首を見たいだけだろうと、切り捨てるものだとばかり思っていた。

 吊るにしろ斬るにしろ、直接手を下すのはクレマンだが、判断するのは違う人間だ。身分の高い、国の舵取りに関わる人間というのは、えてして旧態の変化を嫌がる。世論がどれほどマノンの名誉を守れと吠えたところで、変わらない。

 クレマンの予想に反して、マノンは女性としては初めて、斬首刑に処されることに決まった。女たちの、民衆の勝利であると新聞はこぞって書き立てた。文字の羅列を眺めて、クレマンは、この国の未来の見通しが立たないことに、不安を覚えたくらいだった。

 いや、実際のところは誰にもわからない。単純に、国王が美女の生首を見たくなっただけかもしれない。悪趣味だが、戦争のない平和な時代に誤って生れ落ちてしまった血生臭い主のことだ。不思議ではない。

「ねぇ、もう行ったの?」

 どこに、を彼女は言わなかった。馬はゆっくりと歩みを進めている。街道から聞こえる女たちの声がうるさい。クレマンが否定すると、「そうよね。私が逮捕されてしまったから、タイミングを逃したわよね」と言う。

「早く行った方がいいわ」

「なぜ?」

 マノンの目は、痛ましいものを見るかのように細められている。

「あなた、死ぬ前のアンベールと同じ顔をしているもの」

47話

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