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<46話
広場に集まった人々の熱狂で、空気が揺れていた。断頭台の目の前を陣取った人は、いつこの場にやって来たのだろう。死刑の執行日や時間は広場に掲げられるものの、誰がという情報までは出たり出なかったりする。役人の匙加減ひとつで変わってくる。
馬車に揺られている道中を目撃した人間が、「今日の首斬りは女だ。マノン・カルノーだ!」と周りに言いふらすのを聞いてからの移動では、とてもじゃないが特等席での見物はできない。押し合い圧し合い、ようやく現れた今日の主役を出迎える。
馬車の上では平常心を保っていたマノンだが、観客の熱気に気圧されて、降りるときに足を踏み外しかけた。咄嗟に支えるも、クレマンのひ弱な身体では、一緒に転びかけてしまう。なんとか踏みとどまると、彼女は「ありがとう」と笑った。
笑顔を目撃した一部の人は、「これから死刑にされるのに、笑うことができるなんて!」と、驚嘆した。多くの被害者を救った聖女と感涙する者もいれば、死を何とも思っていないのだと恐れる者もいる。
マノンは彼らを一瞥するが、取るに足らない存在だと言うように、つんと澄まして、クレマンの手を取ったまま、高い位置に作られた彼女のための舞台を見上げた。
上り慣れているクレマンでも、今日の処刑台はいつも以上に高いように感じた。貴族たちは近くの店のテラス席を貸し切るだけでは飽き足りず、どう考えても見えないだろうという場所をも占拠している。建国を祝う祭りのときですら、ここまでの盛り上がりはない。
一段一段を踏みしめていくマノンの足取りは、さすがに重い。男であれば自分で登れと、剣の持ち手で尻を突くクレマンだが、女性、しかも知己の相手なので野蛮な真似はしない。彼女は女性たちから圧倒的に支持されている。女を敵に回すことほど恐ろしいことはない。狭い階段の隣に並んで、エスコートをする。
「ありがとう」
ぼそりと呟かれた彼女の唇は、狭い視界からでもはっきりとわかるほど、震えていた。死んでも構わないと覚悟を決めて罪を犯すことと、実際に死に臨むことはおおいに違う。断頭台の前に立たされたマノンは、しかし、自分に期待されていることをしっかりと理解していた。
ぐるりと辺りを見回すと、自分こそがこの舞台(あるいは茶番、か)の主演女優であることを主張すべく、粗末なドレスを摘まみ上げ、貴族のご婦人そのものの一礼をした。貴族、まして女性を見る機会はごく少なく、しかも彼女は美貌の持ち主である。新聞の絵姿よりも、はるかに美しい。瞬く間に人々の心を掴んだ彼女は、ラストシーンの小道具をじっと見た。
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