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<16話
さらに口を滑らせやすくなるように、日本酒を追加した。見ていると、ビールは平気だが、日本酒や焼酎にはてきめんに弱かった。
すぐに運ばれてきた日本酒を、九鬼は千隼の手から奪い取り、手酌で飲み始めた。よほど仕事のストレスが溜まっているのかもしれない。
愚痴はあとでたっぷり聞いてやるとして、まずは情報を吐いてもらわないと。
九鬼武士という男の性格上、女性との出会いの場は限られている。婚活や合コンに、彼が積極的に参加するとは到底思えない。大学時代の同級生や後輩にしては、若すぎる。
運命の出会いとやらでなければ、仕事関係と考えるのが、最も妥当な線である。
出版社とひとくちに言っても、編集以外にも仕事は多岐にわたる。ただ、九鬼が別の部署の女性を口説くのも、想像できなかった。
そんな積極的な男なら、千隼に迫られた結果、童貞を捨てるなんてことにはならない。
なので千隼は、最も身近な女性編集者に照準を絞った。
「それってどんな人? 結婚とかしてるの?」
普通の状態であれば、千隼の質問は唐突で、九鬼に不信を抱かせていただろう。
だが、今の彼は大変酔っている。多少の違和感に首を傾げつつも、千隼の質問にぽつぽつと答えていく。
当然、九鬼が自ら話す内容は知りたいことには程遠く、千隼は問いを重ねていく。
九鬼曰く、一人は既婚者。三十代後半の二児の母で、限られた時間でバリバリと働いている。中身も外見も肝っ玉母ちゃんを想起させるということだから、小柄で可愛らしい若い女性とはかけ離れている。
ならばもう一人の独身女性だろうか。
気がはやるのを抑えながら、千隼は「もうひとりは?」と、単なる好奇心を装って尋ねた。
「花坂は……」
九鬼の二年後輩にあたるのが、「花坂」なる人物らしい。
彼女はフットワークがとにかく軽い。趣味はスポーツやアウトドアで、インドア派が勢揃いしている編集部の中では珍しい。
「へえ。九鬼とは真逆だな」
ここまでの情報では、判断がつかない。可愛らしい見かけでも、最近は流行っているし、キャンプに行く女性もいるだろう。
「ああ。よくキャンプに誘われるが、いつも断っている」
む。断っているのか。
もしも彼女が「花坂」であれば、さほど心配せずともいいか?
結局、趣味の合う人間と付き合うのが一番いいのだ。アウトドア派とインドア派の溝は深い。早晩、別れることになるだろう。
確信を深めるために、千隼は彼女の容姿について尋ねた。
「花坂は、背が高くて……」
背が高い?
アダルトグッズ売り場で見かけたのは、誰がどう見ても背が低い女だった。下手をすると子どもに間違えられそうなくらいの童顔。
「……ってことは、職場の人間じゃないのか……」
ぼそりとつぶやいた千隼の声は、九鬼の耳には入らなかったらしい。彼は頬杖をついた状態で、うつらうつらと目を閉じていた。
>18話
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