恋は以心伝心にあらず(18)

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17話

 九鬼が愚痴っていた通り、梅雨が明けると、彼はますます忙しくなった。終電を逃しては、まだ電車の残っている千隼の家に泊まりにくる頻度も増えていた。

「イマドキの漫画家って、パソコンで描いてるんだろ? リモートワークとかになんないの?」

 風呂から上がり、ぐったりとソファに座り込んだ九鬼に、ミネラルウォーターを手渡す。

 リモートワークにされると、終業後に九鬼が家に来る理由もなくなってしまうので、千隼としては面白くない。

 だが、疲労困憊している彼を見ていると、無理のないように働いてほしいとも思うのだ。

 九鬼は唇を湿らせると、深い溜息をついた。

「まぁリモートもできないことはない、が」

「が?」

 意味深なところで言葉を切った。気になって、千隼が後を引き継ぐと、九鬼がじっとこちらを見つめてくる。

 相変わらず、髪をきちんと拭かずに出てくる男だ。毛先から滴る水は、顎を伝い、首へと流れていく。

 その様に見惚れていて、結局その後に続く言葉を追及するのを忘れてしまった。

 見つめ合っているのが照れくさくて、「だから髪ちゃんと乾かせって!」と、奪い取ったタオルで、九鬼の髪をぐしゃぐしゃにする。

「ほら。明日も仕事なんだから、早く寝ろよ! 俺はもうちょい仕事するからさ」

 千隼は九鬼に背を向けて、デスクに向かった。うなじにチリチリと視線を感じるが、無視をする。

 ここ最近、九鬼は泊まりに来るものの、セックスはご無沙汰だった。千隼が誘わなければ、行為は始まらない。

『相手を本当に手に入れるためには、セックスばっかりじゃダメよ』

 背後の九鬼が、寝室に移動を始めた気配を感じた。仕事をするフリをしていた手を止めて、ふぅ、とデスクに突っ伏す。

『エッチはしばらくおあずけよ。あんた、セックスしたらまたずるずる続けそうだから』

 まったくもって、そのとおりである。身体の相性がよすぎるのも、考えものだ。

 九鬼は頻繁に泊まりにくるが、同衾は一度もしていない。予備のタオルケットを床に敷き、クッションを枕にして、バスタオルを腹にかけて寝ている。

 夏でよかった。冬だったら、どこかにしまったままの雑魚寝用の寝袋をわざわざ探さなければならなかった。

 セックスはしないと決めていても、性欲自体はなくならない。どころか、恋心を自覚してからは、九鬼のふとした仕草に官能を得て、すぐに身体の奥底に火がつく。

 疲弊してアンニュイなうえ、風呂上がりなんて、最悪だ。石けんの香りは嗅ぎ慣れたもののはずなのに、好きな男から漂ってくるだけで、こうも興奮するなんて。

 九鬼にふらふら誘われそうになったときは、ライバルであるところの例の女性を思い出すようにした。

 自分より若くて可愛い。何より、受け入れることに特化した器官が備わっている。本来の役割から外れて、無理矢理九鬼を飲み込んでいる自分のアヌスとは違う。

 千隼は九鬼のことを頭から追い出すため、作業を再開した。キーボードを打つのに没頭していると、ぬっと暗い影が落ちた。

19話

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